最近のニュースを賑わす福岡岩田屋、吉兆の賞味期限表示改ざん事件。
他にも様々な、偽装が疑われている毎日
(文章を書いているときに強制捜査が入ったが)
ほとんど、考えられない事を輝かしい社会的地位を築き上げた
料理界の1流企業がやってしまった。
私が料理人になった時は、吉兆と言えば大阪高麗橋の吉兆だった。
今みたいに、雨後の竹の子の如くあちらにも、吉兆。
こちらにも、吉兆などと言う事はなかった。
私は調理師学校時代不真面目な学生で、必須の和、洋、中、の内
まともに勉強したのは、洋ぐらいなもんで 残りは端からやらない和食、中華料理はやるだけ無駄と嘯いて、単位をぎりぎりで取得しただけでした。
後年ひょんな事から、ベルギーの日本大使館の公邸でシェフとして働く事になり
私が、馬鹿にして取り組まなかった料理ができないばっかりに
しなくても良い苦労をすることになる。
公邸のディナーは時として、和食が要求される
加川大使から、和食はできるのかねとのご質問に やりたくない一心で
からっきしできませんと答えたら、田川(赤坂にある高級料亭のベルギー支店当時はヨーロッパにある日本料理店で、五本の指に入る)に電話を
しておいたから、来週から研修に行くようにとのお達し。
そんな事で、フランス料理を学びに来たヨーロッパで 和食のお勉強が始まる。
どうせヨーロッパまで流れてきた和食の職人なんて仕事もできない
食わせ者ばかりだと思っていたし、事実そんな職人ばかりでした。
洋食(フランス料理)の職人より知識も技術ない和食の職人
全てが適当に流れてゆく職場・・・・・。
1人だけ素晴らしい技術を持った職人が居ました。
新村さんと言う方で、吉兆の出身で田川が技術向上の為、半年の
契約で招聘した方でした。
なぜか、初めの時から気が合い私が和食の世界の人間でないので
貴重な出し割とか 全て右から左に教えていただきました。
(その代わりに、私は飴細工を教えると言う交換条件でしたが。)
流石、金看板のお店の職人は違うなと、技術、人柄、
仕事に対しての物の考え方全てが私には新鮮に思えました。
だから、私にとって吉兆とは日本料理界にがっしりと 君臨するお店でしかなかったはずなのに。
続きは次回に・・・・・。
- 2007/11/17(土) 20:49:42|
- 料理
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