シェフの戯言 黒いページ

リストランテ・ロアジのまわりで起きた様々な出来事を少し辛口につづってみました。

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風に吹かれて

ランチのゲストが早く途切れる。
突然金木犀の香に包まれてのんびりしたくなり 敢え無くリタイア。


まずは、競泳用の水着、耳栓、キャップ、ゴーグル
バスタオルを用意して1年半ぶりに泳ぎに行く。
西鉄電車で下大利まで行き、そこから疎水に沿って1500mぐらい
行くと大宰府市民プールがあります。


両肩を壊してから、炎症がひどく箸の上げ下げも満足にできない
時期もありましたが 現在かなり回復の兆し
シャツも着れるしパンツも履けるので
(どうしてシャツは着るでパンツは履くのでしょう?)
リハビリをかねて泳いでみる事にした。
とりあえず1時間のチケットを購入、体操を念入りにして
いざ水の中へまずはクロールで100m。
キックをして右肩で最初の水を掻いた途端に やっぱり激痛
やはり肩はまだまだ完治はしてはいませんでした。
途中で止まれないコースだったので往復50mは半分溺れながら泳ぐ。



仕方が無いので水中歩行。
やりましたよ、50分間休み無しで。

   50×60=3000秒
25mを歩くのに40秒かかるので
   25×4=100
つまり40×4=160秒で100m歩くことになる。
   3000÷160=18.75  50分でトータル約2000m歩く事になる。
水泳が関節や筋肉に無理な負担が掛からないと言うのは嘘である。
すでに両足両肩が痛い 久しぶりなので加減をすれば良かったと反省。


遠くのこの地まで来たのは、このプールの植木は
ぐるっと金木犀だからで、今が満開だからです。
なぜそんな事を知っているのかと言うと、昔近所に住んでいたからです。
運動の後の心地よい疲労感の中で金木犀の香に包まれたら 
肯定的にこのまま死んでしまいたいような 白昼夢を見ます。


それから、大宰府天満宮まで歩く事に。
友人のお姉さまの学業院中学の横を歩き
さらに都府楼跡の広大な公園から(なぜか季節はずれの菖蒲が咲いていました)
観世音寺を目指すと農家の庭先の柿の木に柿色の実がたわわに実っていて
その傍らの草むらではコオロギが悲しげに鳴き 
雲ひとつない空は抜けるように青く 豊穣なる秋と言う言葉を思い出しました。
観世音寺の横の休耕地にはコスモスが植えられて
よほど肥やしが効いているのか、見たことも無いぐらいの大輪の
コスモスが今まさに狂い咲き 白、薄いピンク、
紫の花々 本日は随分と目の保養ができます。
丁度何処か近所の小学生の子供達の帰宅時間で、
狭い通学路はガチャバエ共(子供達の事)が
奇声を上げながら楽しげに帰っています。
狭い歩道いっぱいに広がって歩くので 私の歩くスペースが無かったので
立ち止まってやり過ごしていたら、遊びに夢中な子供がやっぱり私に激突。
「何これ?でけー。宇宙人だ」と突然宇宙人ジョーンズにされてしまいました。
(いいですよ、今日は君たちが何をしようと許してあげるから。)


天満宮の参道には修学旅行の学生が雲霞の如く沸き
ニキビ面の油ギッツシュな若者が梅が枝餅をほう張り
短い青春と言う時間を満喫していました。
境内では『秋の集団合格祈願祭』などを商魂たくましくやっていて
何処も困った時の神頼みは同じようです。


まだ、七五三には随分早いけど、着物でおめかしの
3歳の女の子がなぜか足元は靴という出で立ちで
ニコニコしながら両親に手を引かれて太鼓橋を歩いていました。
とっても可愛くて子供好きとしては立ち止まって眺めていました。


今日は駅の数で都合6駅の区間を歩いて、水中を2kmも歩いて
もうへとへとです。
大宰府駅から電車で帰ることにして 切符を買うと
行く手を阻むいかにも悪そうな悪餓鬼高校生7人。名づけて『ワイルド7』
電車が出そうだったのにタラタラ歩いて、パシリに電車を
停めておけとの命令が下りました。
車掌もこんな馬鹿ほったらかしてサッサとドアーを閉めれば良いのに
辛抱強く待ってあげています。
ノロノロと乗り込んできた『ワイルド7』の出で立ちは
何んと珍しい全員「ボンタン」 まるで天然記念物の日本カモシカみたいに
「ボンタン」は大宰府の地に生き残っていました。


二日市で急行に乗り換えると、4人掛けの目の前に座った兄ちゃん
風邪なのか鼻をすする、鼻をすする、鼻をすする。
『鋼の錬金術師』なんぞを読むのは構わないけど ズルズルは何とかして欲しい。
日本人は良いのかも知れないけど我々西洋人は
(都合の良い時だけ西洋人)鼻をすすられるとたまらなく嫌になる。
ズルズル、ズルズル鼻を啜る行為は延々と続きます。
もっとも私は日本人が嫌がる鼻をかむ事は食事中でも平気ですけど。



せっかく良い気持ちになっていたのに 気分は台無しです。
くしゃみをするのに手も当てない彼に 我慢の限界だった私は
ポケット・ティッシューを渡して鼻をかんでもらいました。


風に吹かれて、お出掛けしたのに
風邪に吹かれてしまいました。
明日インフルエンザに感染していたら保菌者はお前だかんな。


今から美味しいおでんを食べて、早めに休みます。
たまには野良犬で一人でうろつくのも楽しい1日でした。
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  1. 2009/10/25(日) 23:38:18|
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松茸三昧

最近只でさえ賑やかな私の周りが
尚更賑やかになって日記のネタには当分困りそうにも無い。

その中で忘れないうちに季節ネタを1つ
先日お店のフローリングをふきあげていると
宅急便でーすとの声が。
浅ましいけど『つっつっ遂に届いたか』と心が躍る。


今年の『松茸三昧』のメニューは


松茸の茶碗蒸し

黒毛和牛のロースステーキ、松茸ソース

松茸のお吸い物

松茸ご飯

だしと松茸の組み合わせが好きです。
皆さんが喜ぶ焼き松茸は殆どしません。
天麩羅も面白そうですけどしません。


まず、松茸の茶碗蒸し


今宵は後でお吸い物を作るので玉子は多めのやや硬い茶碗蒸しにする。
具材は海老、銀杏、三つ葉、松茸(てんこ盛り)のみ
だし1-1.5対玉子1の割合で玉子だしを作り 塩、醤油ごく少量で味を付ける。
海老は殻を剥き背わたを抜いて、塩をまぶしてよくもんだ後水洗い
器に海老、銀杏、松茸、三つ葉を入れた後蓋をしてごく弱い火で時間を掛けて蒸す。
よりソフトに仕上げたい時には、大きな鍋にお湯をたっぷり入れ
茶碗蒸しを入れ、水温が75度になったら火を切り
鍋の蓋をして放置しておきます。
15分ぐらい時間が経過したら蓋を開けて固まり具合をチェックして下さい。
水温が75度以下になったら75度まだ再加熱してください。
(鍋の大きさ水量にもよりますので一概に何分とは言えません。)
このやり方ならスも入りませんし まるで上質のカスタードプリンの
ような舌触り間違い無しの 美味しい茶碗蒸しになります。



黒毛和牛のロースステーキ


牛ロースは、最近良い肉をたらふく食べると気持ち悪くなり始めたので
少量にする。
両面に塩コショウして、綺麗な焦げ目が付くように
強火でビシッと焼き上げる。
肉は温かい皿に載せて休ませておく。
肉を焼いたフライパンは油を捨てて
洗わずにノルマンディー産のバターを
(できればイズニーを、エシェレでも可、無ければカルピスの発酵バターでも可)
一人前大匙1.5ぐらい入れて焦げ目をこそぎ落とす
その中に松茸をてんこ盛り入れて炒める、しんなりしてきたらだしを加える
一煮立ちしたら醤油を加えて再度煮立ててお仕舞い。
皿の上で休ませておいたステーキが見えなくなるぐらい
松茸ソースをかける。


他長くなるので吸い物とご飯は割愛させていただきました。
生きている間に後何回、この悶絶する様な楽しみを味わえるのかと
(悶絶の使い方が間違っています)
考えると嬉しいような悲しいような少し淋しいような
気持ちになりながら 浅ましく松茸を食べつくしてしまいました。
又秋が来て、またひとつ年を重ねて 今宵のの夕餉。


デザートは今年最後の『巨峰』
  1. 2009/10/23(金) 15:22:56|
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悼む

「トノバン」が亡くなった。
「トノバン」とは加藤和彦さんの事で
今日の午後の突然の訃報である。

音楽全般ジャンルを問わずすごく才能のある方だと
密かに尊敬申し上げていたのに
一瞬 後頭部をガーンと殴られたような気分で別に悲しくは無いけど
開高さんが亡くなった時と同じぐらい何だかとっても切ない。
また、1つの時代が終わった。


1979年初めて渡仏するときに友達が
『パパ ヘミングウェイ』のアルバムを持たせてくれた。
その3年の間に『うたかたのオペラ』『ベル・エキセントリック』と
立て続けにアルバムをリリース 
(作詞安井かずみ 作曲加糖和彦の黄金時代を築いた。)
どのアルバムも擦り切れるぐらいテープを聴いて(当時はまだCDなどはありませんでした)
いくつかの作品の詩の内容もその頃住んでいたパリと重なる所があり
感慨深いものがあります。
奥様の安井かずみさんもとても素敵な方で
私にとって二人は憧れの優雅な夫婦で
二人の共著「キッチン&ベット」はその後の私の
料理の考え方のひとつの方向性を教えてもらえたような。


加糖和彦さんは料理がとてつもなくお上手で
プロ・ゴルファーの「ジャック・ニコラウス」のために
作ったディナーの料理は 月間のプレイボーイに
オールカラーで特集されていました。
音楽の才能も海外でも高く評価されていて
まだまだこれから活躍する機会はいくらでもあったでしょうに。

93年に森瑤子さんが亡くなり、94年に安井かずみさんが
亡くなった時には また日本のいい女が居なったと悲しみました。
で、今日の加糖和彦さんの死去。
とにかく自殺らしいとの情報しかなく
加糖和彦さんが亡くなっても、明日も明後日も来るでしょうけど
惜しい人がまた彼岸の彼方に去ってしまった。


今宵聞くのは「悲しくてやりきれない」



ご逝去心からお悔やみ申し上げます。
&シャルトルでの退屈な1年間 うたかたの楽しい時間をありがとうございました。
  1. 2009/10/21(水) 01:09:42|
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雷神不動北山櫻

「夜露死苦」(ヨロシク)などと読むヤンキー漢字ではない。
「なるかみふどうきたやまざくら」と読むらしい。
歌舞伎の演目は読めぬタイトルが多すぎる。


さて、何時までたっても私は少しも世に言う
お金持ちとやらにはなれそうも無いけど
その分周りはそこそこお金持ちが多い。

ここに一人個人資産が100億円らしい御仁がいる。
ロンドンとパリにセカンドハウスを持ち1年の半分以上は
海外で遊んで暮らしている。
(その分普段の仕事の仕方も凄いけど)
その素晴らしいワインのコレクションや
芸術家達のパトロン(クラッシックや演劇の方達への資金援助)、
などをして手にしたお金を世の中に還元している。


先日久しぶりに食事に来て 突然明日暇かと問われる?
予約はその時点でなかったので暇だと言うと
明日の市川海老蔵の歌舞伎のチケットが1枚余っているので
どうぞと言ってくれた しかしチケットは無い
当日海老蔵さんの受付に行けば問題ないとの事
「海老蔵さんの受付」?そんなもんがあるのか?
まるで、きつねに摘まれたような話しである。

能だの歌舞伎はうんと若いころに各1回づつ観賞しただけ
念のため歌舞伎観劇の為のドレスコードを訊ねてみたけど
ジーンズでもかまいませんよとの事。
さて福岡市にある「博多座」。
老人達の「劇団四季」?との呼び声も高く
九州一円から連日ご老体の観劇で押すな押すなの大盛況である。
歌舞伎やサブちゃんの興業の場合はほとんど「博多座」となるので納得。

やはり会場には市川海老蔵の受付カウンターがありました。
皆まで言わずともチケットがするすると手品の如く現れて
チケットを何気に眺むれば(早くも言葉が歌舞伎調)
額面16000円也の高額チケット、歌舞伎と言う日本文化への
認識が少し甘かったと反省、2年前彼女がバースデープレゼントにくれた
「ジェーン・バーキン」の1夜限りのコンサートですら20000円だったはず・・・・。
ワタクシ的にはとても高い、5000円でも来なかっただろう。
しかし天下の海老様ともなれば高額チケットも
当然と言えば当然である、需要のある所に供給ありは
資本主義の一大原則だからである。


11時開演の3時過ぎまでの長丁場 幕間だけで2回もあります。
開演までの時間何気に周りを見渡せば、
まず方言 九州各バージョンが北から南までそろい踏み 
皆さん観光バスで朝早く出掛けて来たらしい。


クラッシックなら「アクロスホール」と言う立派な
コンサートホールが福岡にはあるけどお土産などは売ってはいなくて
せいぜい、パンフレットかCDを売っているぐらいな物ですが
ここは凄い、まず弁当屋だけで8軒ほど出店があります。
ホテルオークラの出店でサンドイッチとシャンパーニュを
グラスで売っていました。(さすがオークラすることが憎い)
ラベルがボランジェそっくりなので、「ボランジェ」?と聞いてみたら
只のラベルの似たスパークリングワインでした。
その他限定200個海老蔵様のサイン入りのクッキーや「俄かせんべい」
「通りもん」「ひよこ」など盛り沢山
片隅では意味不明の陶器市、老人が喜ぶ小物、今回特別に
○○不動尊の特別御開帳まであり
ありがたやと手を合わせる姿に 一瞬ここは巣鴨のとげ抜き地蔵様かと勘違いしました。


さて開演です。
  1. 2009/10/17(土) 02:04:19|
  2. 日々の出来事
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我泣き濡れて 栗と戯る。 2

さて、2日間の血と(マメが破れて一時血の海)
汗と(別に暑くはなかったので汗は掻きませんでしたけど)
馬鹿笑い(砂ボウズの見過ぎです)の上に打ち立てた
栗剥き164個の金字塔ではあるが。

端から軍手なんぞを両手に嵌めて事に臨めば
マメを潰して痛い目だの よそ見をしていて
エコノームを左手にぶすりと刺すなどという
愚かな行為をしなくて済んだのにと反省しました。

気分は松葉蟹を食べたいのを我慢して丼鉢一杯
剥き終えた時の感動ですが 松葉蟹はすぐに食べられても
栗はこれからが更なる受難の日々となる。


まず良く洗い、渋皮の表面に付着している渋を取除く
大鍋に入れたっぷりの水、重曹も大匙6杯投入 強火でまずは沸かす。
煮立ってきたら火を弱火にして15分アクを掬いながら茹でる。
流しに置いて上から冷水をちょろちょろ注ぐ1時間ほどして
水が茶色で無くなったら、表面をブラシ、新しいスポンジ等で
よくしごき、渋を完全に取除く。

以上でアク抜きの行程が1度終了。
これを都合3回行なう。
3回目が終了したら最後は水を朝まで少しづつ流れるようにして帰る。
さて、嬉し恥ずかしい次の日が来て いよいよ栗をシロップで
煮る事となるが 砂糖は栗の総量の80%前後が良いでしょう。
5kg強あった栗も鬼皮を剥いて、虫食いや腐れを除くと
3.5kgにしかならない 3500×0.8 =2800gの砂糖
ネットリ感を出したかったら水あめも少し加える。
(その場合は砂糖の量はその分減らす)
湧いたら1度アクを引き30分程煮る、
ヴァニラビーンズを3本ほど横2分の1にカット、
さらに縦に2分の1にカットして中身を扱き出し鞘と種ごと
栗に投入 蓋をして一晩冷ます。
次の日にあなたが持っている最上のコニャックかアルマニャックを
ドボドボと栗のシロップに注ぐ。
用意した広口ビンに入れる、ここで瓶ごと熱殺菌をすると1年以上
保存可能ですが、せっかくのコニャックの風味が熱で逃げてしまいますので
家庭でお召し上がるには熱殺菌はせずに冷蔵庫で十分でしょう。
(それでも3ヶ月は保存が可能です。)


レディー・ボーデン以上のアイスクリームを添えて食べると
(自分の好みからするとハーゲンダッツ)
ウーンと唸るぐらい美味いですよ。

以上 
美味しい栗の渋皮煮の作り方でした。
  1. 2009/10/16(金) 00:15:59|
  2. 料理
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我泣き濡れて 栗と戯る

先週私の女友達その他男性1名の計7名は熊本にある三日月姉さんの
広大な栗農園に栗拾いに出掛けて行ったのである。
とても楽しい実りも実入りも多い1日だったそうであるが・・・・。


戦利品と言うか当日の獲物としての多大なる栗を頂いたと言うか持ち込まれてしまい
やれお菓子を作れだのパスタのソースだ栗ご飯だと忙しい1週間でした。
それでも手元にはまだ、5kgを上回る手付かずの栗が残ってしまった。
昔のフレンチ・ベトナミアンのガールフレンドは
普段は料理なんぞ殆どしないくせに、モヤシの細い根っこを取るのが
大好きでそんな単純な仕事は嫌いだと私が言うと
私たちの生きている世の中は既に十分複雑であるから
たまにはこんな単純で明快な馬鹿馬鹿しい労働が好きだと言っていた・・・・。


だがしかし、朝から2時間も掛けてお昼の二人分のモヤシの
根っこを黙々と取り続ける事は私は嫌いである。
料理の仕事でヌルヌルベタベタの魚卸しとかも嫌いではあるが
単純作業を黙々と続ける事はもっと嫌いである。
『栗を食べたかったらまず 栗を剥くことだ』!偉い哲学者が
言ったか言わなかったか知らねども
約5kgの栗の始末を付けないとそのうち腐ってしまう。


で、悩んだ挙句の今回のテーマは栗の『渋皮煮』の洋菓子バージョン。
味醂もお醤油も無し バニラビーンズとフィーヌ シャンパーニュ
(極上のコニャック)に漬け込んだノーブルな
最近覚えた若者言葉で言う処の「超リッチ」な代物。


いざ、寡黙で退屈な栗剥き仕事へ、
今夜のテーマは『孤独が僕の友達』。
まず熱湯に昼過ぎから浸しておいた栗を剥き始める。
えみた姐さんが<クリクリ坊主>なる卑猥なクリ剥き工具を
貸してあげると言ってはくれたけど、今回は使い慣れた
スイスはヴィクトリノックス社製のエコノーム(皮むきナイフ)を使用。


色々使ってみたけど素手以外ではこれが一番好みでした。
素手だとナイフの持ち変えが面倒だし、巨大な『利平栗』を
(岐阜の出ですが今では熊本の特産品種です)
10個も剥くと親指の爪は深爪哀れリタイヤとなりますのでエコノームです。


始めて5分もすると早くも厭きて来てダラダラ仕事となりました。
仕方が無いので歌でも歌おうかと思いましたが
深夜歌を歌いながら栗を剥くのは気持ちが悪いので止めました。
0時過ぎに始めて4時半で 敢え無くリタイヤ剥いた栗を水につけ
翌日に持ち越す。


迎えた翌日の深夜今度はユーチューブでアニメを見ながらのながら仕事。
私がご覧になったのは、『砂ボウズ』なる超お馬鹿アニメ。
それともシュールな『墓場鬼太郎』にしようかと一瞬迷ったけど
「ゲゲゲ」ではない鬼太郎はかなりのワルだし
気分はナンセンスな方に向いていたので『砂ボウズ』
ゲラゲラ笑いをして油断をすると、エコノームで左手は裂傷だらけ
右手には栗を押さえていた人差し指に豆までできて 夜は更けていきました。

  1. 2009/10/15(木) 01:47:57|
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複雑な気持ちの台風襲来

ここしばらく九州地方は(今年も昨年も)台風の大した被害も無く
平和に過ごせて誠に結構な事ではあるが・・・・。
身内に水産業者がいると、台風だの大時化だのは
時に網ごと持っていかれたり、舟が沈没したりととんでもない話である。
農家の方、都市部に暮らしている方にとっても
とんでもないことには変わりないでしょうけど。


何%かの確率で日本を台風が襲うのは地理的条件からして
仕方の無いことであろう。
その分雨が多くて潤っている部分もあるので
一概に台風が怪しからんと言う事でもないけど
ついにと言うか今年も「あいつ」がやって来る。
中心気圧が930HPのとんでもないやつ
風速は50m、瞬間最大風速は何んと70mになろうかという
とんでもないモンスター台風である。
(普通の台風の風速が25-30m瞬間最大風速が50mでも大した事ですけど)


予報通りだと、日本及びその近海を縦断して北に抜ける事になる。
で、話しの本題であるが。
この台風がこのまま予報通りに接近、上陸すれば
日本には多大な被害が起きるのは間違いなく
今までの台風の例からすれば何人かの死者や怪我人が
発生することは疑い様も無いことなのである。


いつも事が起きてやれ行政が悪いだの現場の対応が悪いと
騒ぎ立てるメディアの皆さんは今の所何もおっしゃらないのである。
これだけの台風なら特番でも組んで、危険を知らせた方が
先見の明ありと思われるが、テレビ案内を見ても
19時55分からは亀田お馬鹿ファミリーの出来レースタイトルマッチは予定通り、
21時からの開運なんでも鑑定団ももちろんやります。
さんま御殿もぷっスマも全てが予定通りである。


事故で怪我をしたり死んだりするのは運、不運もあるでしょうけど
備えあれば憂い無しの格言通り準備をしておけば
罹災の確率はかなり下がるのではないのでしょうか?
今も死んだり怪我をしたりする運命にある人が
何も知らずに平和に暮らしている。


裁判員制度での裁判員の選出を明日に控えた宮崎市で
台風接近のため選出を延期したそうである。
そこまでしなくてもと、可笑しかったけど
これはある意味杞憂な処置でしょうけど、裁判員の呼び出し
選出に伴う移動中での台風での被害は無くなった。


甚だ不謹慎ではあるけど、子供の頃台風が近づくに従い
心が 何かを期待して高揚していたのは何故?
アーネスト・へミングウエイは
『戦争で人が死ぬことさえ無ければ、戦争は最高のページェントだ』と
言ってのけたけど・・・・。
『台風で人が死んだり怪我をしたり家を無くしたりする事が無ければ
やはり身近な最高のページェント』なのだろうか?


みなさんお気をつけて。
  1. 2009/10/06(火) 15:54:03|
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楽しい夕食は、白木耳入りの付景湯麺(五目タン麺)

今日は朝7時から仕事を始める。
昨日は忙しくは無いけど 仕込が全くできないゲストの入りで
昨日分の仕事が全く終わらなかったからである。

朝の7時からパン・オ・レを焼き、ブリオッシュを焼き
チョコレートのパスタを延ばし、海の幸のリゾットのソース
ジャガイモのニョッキのソースを作り、ジャガイモのニョッキを作り
サラダを千切り、前菜の秋茄子のムースを作り、
イチジクのタルトを焼き、フランボワーズのムースを作り
ミネストローネを作り、TPT(タンプータン、アーモンドの生地)を焼き
その内ランチが始まり慌ててチョコレートのパスタの
栗のソースを作り・・・・・。
ランチはスタンバイがしっかりしていたので問題なく終わり後片付け。
朝から何も飲まず食わずは さすがに危険なので何かお腹に入れなければ・・・・。
バナナを1本とカフェオーレを胃に収める。
それからも怒涛の仕込みは続きその内にディナーが始まる。
本日は昼も夜も私の感性に合った気持ちの良いゲストばかりで
食後にゲストとあれこれ にこやかにお話しをしていると
三日月姉さんが本日の獲物を持って登場。
彼女達は本日 熊本まで三日月姉さんのご身内の広大な
栗山まで栗拾いハイキングに出掛けていたのでお土産の栗である。


とくに我儘えみたからは、栗を使ったケーキのリクエストがあったので
約束通り鬼皮、渋皮まできれいに剥かれて
ストリップ状態の栗が三日月姉さん経由で届く。
一瞬これで美味しい「栗ご飯」をと悪魔が囁いたけど
真面目で正直な私はえみたが可哀想になり断念・・・・。
そうこうしている内に働きすぎで背中が痛み出したので
本日の仕事はこれにて終了にして、今夜は外食に行く事にする。


姉さんが気になる中華のお店があるらしいのでそこに行く
洋物は殆ど食事の最初から最後まで私の突っ込みショーになるので
覚悟の外食以外はイタリアンもフレンチも無し。
まず二人の待ち合わせで勘違いがあり、時間を相当にロス
何とか二人は巡り合い それから歩いてそのお店のある所まで行ったけど
1軒目は雰囲気がとってもパッとしなかったのでパス。
さらなる時間のロスとなる、で2件目のお店ですけど
不確かな姉さんの記憶だけが頼りなのだけど、
イマイチ彼女の記憶も栗拾い疲れからか
あんまりはっきりせずに道筋を2本ばかりロスト。
夜の彷徨が始まる。
それでも場所がはっきりしないので、私は見た事もない店でしたけど
雰囲気からここの通りと目星をつけたら大当たりは良いのだけど
本日は定休日!だぞおいこら。
で仕方が無いので私の知っていた店に行く
いつも行くと言うかそこしか行かない店は日曜日は休みなので
本日はここ!
なんだかんだで9時は回っていたので、まだ大丈夫かと問えば
10時が閉店ですけどどうぞとの事、何も満漢全席を食いに来た訳でも無いので
席に案内をお願いする。
少し日本語の怪しいかわいいお姉さんの持ってきてくれた
ジャスミン茶は美味しそうな色と香。
私はビールなんぞを飲みながら待つこと暫し
パリパリに焼いた鶏と鶏皮をクレープ、葱、胡瓜、甘味噌などで
巻いて食べるチープな北京ダック風な料理が始めに出てくるこれは美味しかった。
いつもの馬鹿食いは止めて今夜は軽めなので、ここでいきなり麺に行く

付景湯麺(五目汁そば)と坦々麺が出てくる。
これで油林鶏が出てくれば10時までに食べ終えて
お店に迷惑をかけずに食事ができると喜んで2杯の麺を
パルタージェ(とりわけ)しながら食べていたら
丼の中に未確認浮遊物体。
「ねえ これ何だと思う」?
形状からしてめずらしい白木耳なんか入れているんだと
変に納得したのも束の間、よくよく見ると油通しされたラップでした。
今夜は何かが起こる予感はしたのですけど・・・・。
異物混入は絶対に0%にはなりませんので
事を荒立てる気もなかった私達はお店に対して
何のお咎めもせずに我らの湯麺を下げてもらう。


でも美味しかっただけにテンションは一気に下がりました。
気にしないで下さいとお伝えしたけど、湯麺の分は
キャンセル扱いにしてくれた上に、杏仁豆腐のサービスまで
していただき返って気の毒な気分。
しきりに申し訳なさそうにお詫びをされるので
遅くに入店した事を詫びて、次回は早い時間に又来ますと
彼が今夜悩まなくて済むように 万全なフォローをして帰りました。
よく怒って偉そうに辺りも憚らず怒鳴っている人や
自分のブログにある事無い事書き散らかす人がいるけど
怒れば皆が不愉快な気持ちになるだけです。


白木耳入りの付景湯麺。
記憶に残るなんだか????な夕食でした。
  1. 2009/10/05(月) 03:30:37|
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中秋の名月、ナポリタンにはタバスコが似合う

アジトにて何故か一人で中秋の名月を愛でています。


久しぶりに名月を天体望遠鏡でじっくり観察しようかと
一瞬その気になりましたけれど、愛しの天体望遠鏡は
倉庫の段ボーの中に未だに梱包されたままでした。
仕方が無いので双眼鏡でじっくりと眺めてみる。
月は丁度南天にありマンションの西に向いた窓からは全く見えません。
変質者と思われないような格好をして入り口の踊り場まで行き空を眺める。


この数年フィールドに出かけて行く事が段々と少なくなり
双眼鏡で物を見るのも久しぶり、まず右目を閉じて
双眼鏡のレバーで左目の焦点を合わせて
次に左目を閉じて右目のリングを調整して
右目の焦点を合わせて 左右の像が重なり準備OK!
雲ひとつ無い中空に月が煌々と輝いています。
ティコのクレーターの光条が恐ろしいほど鮮明に見えます。
暗い<海>の部分は 鮮明に見えませんけど
お月見にはこれくらいの倍率が丁度良いごろです。


首が痛くなってきたし、そろそろ変質者がいると警察に
電話をされそうなので部屋に戻りました。


さて、本日最初で最後の食事であるけど
お月見にはまったく縁の無いスパゲッティ・ナポリタンと
若鶏のグリルレモン風味さらに疑問な中華スープ3品の夕食

まず、ナポリタンであるけどナポリにはこの様なスパゲッティは存在しない。
一回茹でた麺を冷水にとり油を回してから炒めるなんて
調理法はイタリアには存在しない。
しかし、日本にまず入ってきたパスタはマッケッロー二(マカロニ)と言う
ショトーな奴でもっぱらくたくたに茹でられて胡瓜、人参
ハム、玉葱、なぜかりんごなどと供にマヨネーズで和えられて
食卓を賑わせていました。


スパゲッティなる食い物を初めて強烈に印象付けたのは
確かウォルト・ディズニーの<ワンワン物語り>で
トニーの店(イタリア料理店)でレディとトランプが
トニーからスパゲッティをご馳走になり
(トニーが二人のためにバンドネオン奏でながら「ベラ・ノッテ」
(きれいな夜)を朗々と歌い上げる場面は今でもありありと覚えています。)
二人が?そうとは知らずに1本のスパゲッティの両端から
食べ始め行き着く先が初めての<くちづけ>と言うしゃれた演出でした。
古き良き時代のアメリカ映画です。
今では、スパゲッティなどは通常どちらかと言えばチープな食べ物でしょうけど、
その時のスパゲッティは何だかとっても高級そうな
とてつもなく美味しい食いもんに思えたのです。
スーパーの店先にはまだ「ママー」か「オーマイ」のスパゲッティしか
置いてありませんでした。


英語のスパゲッティはスパゲリに聞こえる。
沖縄の兄ちゃん達も昔は基地の米兵からかスパゲリと言っていた。
(今はうみんちゅ達もスパゲッティと言いますけど)
人参、ピーマン、ベーコン、玉葱、高級な店だとこれに
缶詰のマッシュルームが入っていました。
何故か熱々の鉄板で出すお店が多くて
添えられていたのは、クラフトのパルメザン・チーズと
(断じてパルミジャーノ・レッジャーノではありませんでした)
なぜかメキシコ産のタバスコ・ソース
どうしてあの頃はピザ(これもピッッアではなくピザ)や
スパゲリにドボドボとタバスコをかけていたのでしょうか?

スパゲッティにタバスコをかけたら それは即メキシカンだと
言い張る友人がいますけど、彼は強烈なイタリアのナショナリストなので
彼の心情の理解はしますけど、やはりスパゲティ・ナポリタンには
タバスコとクラフトのなんちゃってパルメザンが合うのではないでしょうか?


若い頃の刷り込みは恐ろしいですね。
普段はゲストからピッッアにタバスコをくれと言われたら
「出て行け」!と怒りたい気分なのに何故かナポリタンなら許せるのです。


いつの間にやら月は西に傾き始めて ハイボールは3杯目。
また1年待つことにします。
  1. 2009/10/04(日) 02:53:06|
  2. 日々の出来事
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マナーについてのどうでも良い事

世の中○○検定と言う物が大いに盛んで その中にマナー検定なるものがある。
冠婚葬祭に始まり、この世の森羅万象にことごとくにマナーなる物があるらしい。

試しにヤフーのテーブルマナー編を受験してみる。
和食編では正解率50%で私は常識無しとの採点
西洋料理編ではかろうじて合格したけど・・・・。
8問中許されるミスは1問だけで、それ以下はマナー知らずの無法者らしい。

私は西洋料理8問中 7問正解で常識ある成人らしいけど、私が不正解のだったのは
「スープを飲んでいる時にパンを食べても良いか悪いか」?
などと言う下らない設問、もちろん正解は食べても良いなのに
この検定の出題者は「食べて良いは」不正解にしてある。
和食でコケテ常識無しの採点だったので少々頭に来たので八つ当たり
昨日はウルトラマンに絡んだので今日は日本のテーブルマナーと
やらに絡んでみたいと思います。


まず、西洋料理の設問を作るなら
スープは食べる物であって、スープは飲み物ではない。
フランス語でもスープはマンジェ(食べる)と言う表現であって
スープをボアール(飲む)と言う馬鹿者は居ない。
(なにせ私はフランス語がヨタヨタの時期にワタシハ スープヲ ノムと
言って周りからゲラゲラ笑われた馬鹿者でしたので)
で、スープであるけど中世ヨーロッパは常に飢饉との戦いで
いかに少ない食材を効率よく食べるかと言う大きな課題が常にありました。
パンは半月に1度固いパンを焼いてお仕舞い
後は固いパンをスープでふやかして食べるのが主食みたいなもので
スープもそこいらにあるものを何でもかんでも鍋に放り込み
野良仕事から帰ると出来上がっているいわゆる無限鍋みたいな物でした。
ピーテル・ブリューゲル描く所の<農民の婚礼>みたいな
豊かな食卓は年に1度もあれば良いほどなのは
日本の江戸時期の農民の生活と何ら変わりの無いことである。
知り合いのベルギー人、フランス人、イタリア人、ドイツ人
スイス人、イタリア人、スペイン人、ポルトガル人誰に聞いても
スープの時にパンを食ってはいけないなどと言う者はいませんでした。
(彼らにスープの時にパンを食うな!と言ったら怒るでしょう)
多分この話しは格好の食事中のネタにされる事間違いなしです。
イギリスはどうか知らんけど。


このマナー検定 スープに限らず全体が無知から来る
突っ込み及び絡み放題な内容なのであるけど
だからと言って出題者を笑う気にも責める気にはなりませんでした。
私がこの仕事を始めた時はマナーの本はと言えば
堅苦しい<べからず集>しかありませんでした。
現在もこの風潮はなんら変わってはいません。


私には少し暖かくて親切な田舎紳士の叔父が居ます。
私が渡欧する直前に 何を狂ったのかテーブルマナーを教えてやるといって
いきなり田舎のどうでも良い洋食屋に連れて行ってくれました。
ポタージュは出来合いの不味いマイス(コーンポタージュ)で
メインの<ポ-クカツレツハワイアン>なるみょうちくりんな料理のサイドは
(豚カツに缶詰のパインのスライスが乗りデミソースがかかっているだけの料理)
パンにするかライスにするか聞かれて???(ここら辺がかなり疑問)ライスを選択した
そしてメインとライス<叔父の発音では虱のライスでしたけど>が来るや
ライスはこうやって食べると言って やわやにフォークを逆さまにして
裏側に虱じゃなかったご飯を載せて食べると言う荒業を見せてくれました。
死ぬほどおかしくて叔父の性質の悪い冗談かと思いましたけど
当の本人いたって真面目で正気らしいので不謹慎に笑うのは止めました。
東京でよく食事に行ったレカンやマキシム ド パリ、
ポール・ボキューズのレンガ屋等々の話しは
とても叔父の前ではできませんでした。

眠くなってきたのでこの話し続く。
  1. 2009/10/03(土) 00:02:37|
  2. ぼやき
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非科学的なウルトラマンに科学の光を

先日昔のOL 今は只の主婦?のみな様の同窓会が当店でありました。
大人が3名5歳の男の子1名という人員構成でした。


その夜は暇でしたのでお子様大歓迎な夜でしたけど
この5歳になる利発そうな男の子最初から最後まで騒ぎもせずに
おとなしくご本を読んでいらっしゃるありがたいお子様でした。


一心不乱に読んでいるのは 本が何度も何度も読みつくされ
そろそろ崩壊を始めた「ウルトラ大百科」なる学術書でした。
私がご幼少のみぎりにも手にした本が
何十年後の日本にも存在するとは恐ろしや「円谷プロ」。



さて今日は誰かれ構わず無差別に絡んでやりたい気分なのであるが
深夜なので諦めて世界のちびっ子のヒーロー・ウルトラマンに
絡んでやることにする。
この世界では柳田 理科雄さんが著名な著作を残していらっしゃるけど
あえて2番煎じも辞さぬ覚悟で書きますので 乞うご期待!



まずウルトラの星について・・・
M78星雲通称光の国がウルトラマンの故郷なのはみなさんご存知であるが
番組の当初はM87星雲と言う設定だったのに 校正のミスか誤植か
脚本にはM78と印刷されてしまった。
番組内ではM78星雲は地球から300万光年離れた所に存在するらしいけど
実際のメシエ78(フランスのシャルル・メシエが作成した銀河の地図)は
地球から1600光年ですからまだ銀河系ですけど
(それでも北極星からさらに600光年)
当初の予定のメシエ87星雲なら地球からなんと5480万光年も離れた
おとめ座にある楕円銀河である。


ここで初回放送の怪獣ベムラーを追いかけて地球まで来たと言う話を信じたと仮定する。
(なんだかとってもアインシュタイン調で格調があります)
仮にM78が地球からの距離を300万光年として
ウルトラマンの最高速度はマッハ5、面倒くさいのでマッハ1を時速約1000kmとして
マッハ5は時速5000kmということにする。
そうすると秒速は約1.39km
すると1日の移動距離は5000km×24時間=120000kmという事になる。
丸一日飛び続けても地球を3周しかできない計算である。
一方の光は秒速が3億mである、たった1秒で地球を7.5周もする優れもの光はウルトラマンの215827倍も早いのである。
光がそのスピードで300万年かかる距離は私の電卓では桁が随分と不足である。
ウルトラマンがM78から飛んで来たと仮定して
一応の計算数式は  3000000×215827 年掛かる計算になる。
ウルトラマンがどれだけ長命でも宇宙の始めあたりから
飛び始めても無理な距離である。
ましてやマッハ5は第一宇宙速度(秒速7.9km)にも達していないので
ウルトラマンは何度も地球から宇宙に飛び立って行っているけど
実際は地球の引力に引き戻されて毎回放物線の軌跡を描いての墜落である。
(実際には何かの推進力が働いているので墜落はしていないけど)


それにだ!それだけ長い距離をパンツすら穿かずに
(アトムはパンツを、スーパーマンはタイツを穿いているぞ)
まっ裸で宇宙を飛び回るエロイ奴?水も酸素もエネルギーの補給もなしに
(活発に活動する生物なら必要不可欠であろう)
極寒の宇宙空間を不眠不休で飛べる奴(寝たら凍死は間違いないけど)
さすがはウルトラマンと言う名前に恥じない変人?というか
物理科学上も生科学上も存在し得ない奇妙な生き物である。
宇宙人であろうが地球の怪獣であろうがそんな恐ろしい奴を
相手にして勝てる訳が無い。


それから、ウルトラマンがマッハ5で飛ぶのは勝手だけど
あれだけでかい生物というか物体が
空気のある地球上をマッハ5で飛ぶとウルトラマンの指先から
発生する衝撃波で辺りの建物の窓と言う窓は割れてしまいます。
ウルトラマンが低空飛行をして衝撃波の円の中に
入ってしまった不運なビルはバラバラになりますけど。
それより我らがヒーロー裸で悠々とマッハ5なる高速で飛んでいるけど
手を前にして頭を上げて飛べるのは
「時速は91kmだい」と歌いながらノロノロ飛んでいる
<パーマン>1号2号3号4号ぐらいなもので
(飛行マントがあるとはいえ、推進力も無い物体がそんな鈍いスピードで
いかにして揚力を得ているのかこれも不思議ではあるけど)
ウルトラマンは頭を上げた途端自分の衝撃波により
頭はスパッと吹っ飛ぶ計算になる。
耳なし法一ならぬ、首無しウルトラマンが大量の
血を撒き散らしながら墜落するのである。
これはもう空想科学小説ではなく妄想スプラッター小説になる。



色々と計算をしてみたらさらに面白い
ウルトラマンとんでも話しが続々出てきましたので
続きはいつかまた書きます。
  1. 2009/10/02(金) 01:36:23|
  2. ぼやき
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