シェフの戯言 黒いページ

リストランテ・ロアジのまわりで起きた様々な出来事を少し辛口につづってみました。

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秋の味覚、と言うか秋に美味しい物

秋刀魚
すでに刺身、塩焼き、揚げ(天麩羅、フライ)、〆秋刀魚、
生の握り寿司、良く〆た舞い寿司、酢の物等
下々の味覚を十分に楽しみました。
個人的にはにぎり寿司、舞い寿司、刺身、天麩羅、
フライ(特製タルタル添え)の順番でしょうか?



先日帰省の折、母が高千穂の栗を2kg程持たせてくれて
(鬼皮も渋皮も剥いていてくれました。)
チョコレート風味のの手打ちパスタ 栗のソースを作りました。
本当は栗とポルチーニ茸のリゾットを作りたかったのですけど
生憎とポルチーニが入荷していませんでした。
それでも十分に美味しい栗のソースと微かに広がるチョコレートの
香のマリアージュが最高です。



20世紀も捨てがたいけどこれはこのままか冷麺にでも浮かべて食べるしかなく
料理には不向きなので 今回はポワール・ウイリアム種の洋梨。
スライスした洋梨を薄く延ばしたピザ生地に広げて上からゴルゴンゾーラをたっぷりのせた
アンティパスト(前菜)のピザが美味しくてお薦め。
ただしかなり高価でハイカロリーな前菜です。
それとは別に今回はグズグズに崩れ始めた梨をスープ皿にならべて
中心に高品質のヴァニラアイスをワンボールおいて
その上に生キャラメル さらにキルシュかポワール・ウイリアムの
ブランデーを効かせたサヴァイオンソースをたっぷりかけて
サラマンドル(上火だけのオーブン)でさっとグラタンにします。
熱い焦げたソースと冷たいヴァニラアイスとキャラメル 熟れた梨の豊満な香。
得も言われぬ美味しさが口の中に広がり あなたがニタニタする事は請け合いです。


さといも
里芋たっぷりの豚汁が好きである。
と言うか基本的に日本食には実沢山の汁物が欠かせないのです。
トン汁と称する地方とブタ汁と称する地方がある。
トンは北の方であり、ブタは南の方である。
トンとブタの分岐点を探偵ナイトスクープあたりが調べてくれないだろうか?
先日どうにも食べたくなり、材料のおつかいを頼んだのはいいけど
私が暇な時には材料は届かずに、とんでもない時間に材料到着
欠品もいくつかありその日は断念・・・・。
でも大脳に今夜は豚汁(九州はブタ汁です)を食わせてやると信号を送った手前
今さらオムライスですよ・・・。でもないし。
鍋焼きうどんですよ・・・・。でもないし。
ましては、スパゲッティボンゴレなどでは断じてなく。
切り替えの下手な私の欲望はどうにも収まらず 
何事も思い通りにならないと気の済まない私は
深夜に改めてトボトボと買出しに出掛ける(人を当てにした事を今回も反省する)
買い忘れた大根と一緒に里芋も購入予定のはずが 豚バラ肉の追加購入に気を取られて
里芋の事はころりと忘れて帰ってしまった。
自宅には里芋はない、何処にも無い
画竜点睛を欠くとはこの事だと大いに悔しくなったけど
里芋の代わりは、仕方なくジャガイモになってしまった。
「何かこれは里芋が入っていないから変だぞー」。
「これはイメージと違う」と段々ブルーになりながら呪いの言葉を唱えてはみたけど
ジャガイモが里芋になる訳ではありませんでした。
それでも十分に美味しかった豚汁のみ 丼で4杯も食べて満足???な夜でした。


塩辛
別に秋の味覚ではないけど
スルメイカがあったので、5杯ほど購入
夏からの課題であった、ニョクマム仕立ての塩辛製作にチャレンジ。
イカは墨袋と内臓のみ廃棄、後はわたと供に適当にブツに切り
フードプロセッサーに投入 フラッシュスイッチで少し荒めに切る。
(昔、全て手切りしていた私の苦労は何だったのか?)
ボールに入れて、ニョクマム、醤油、味醂、味の素のみで味付け
塩辛は消毒した容器に入れて柚子1個の表面に数箇所
ナイフで軽く切り込みを入れて塩辛に投入 
6時間ごとに良く攪拌する、約48時間後に柚子を取除き塩辛は完成。
(柚子はへぎ柚子にしたり、皮だけ切って入れると塩辛が苦くなりますのでご注意。)



実は最近体重が約5kgも増えてしまった。
多分美味しい新米と塩辛の祟りでしょう。(ダイエットを開始する)



松茸
今年はまだ、毎年<丹波産の松茸>を送ってくれる弟子から送られて来ない。
他の紛い物で誤魔化したくないので、半分諦めて半分期待して
ピンポーン「荷物が届いていまーす」。の声を待つことにする。
松茸は焼きも天麩羅もなし、調理法は「松茸の土瓶蒸し」か「松茸の吸い物」
ご飯が見えないぐらいに松茸たっぷりの「松茸ご飯」
我らが「パックス ヤパーナ」(日本の平和)の到来は在るのか?


多分来ないかもしれない恋人を待つような切ない気持ち・・・・。
どれだけ食い意地が張っているのかと自分の事ながら呆れる。
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  1. 2009/09/29(火) 01:38:37|
  2. 食材
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曼珠沙華

彼岸花の事でまんじゅしゃが、まんじゅしゃげと読む。
墓花、死人花、地獄花、幽霊花、剃刀花、狐花、捨子花と
縁起でもない異名が沢山ある。


秋の夕暮れ 
曼珠沙華が棚田の畦道に群生していると 
草むらでコオロギの物悲しい鳴き声を聞くと
コスモスの花が風に揺れていると 
日本の秋の始まりを感じます。


で、明日から1泊の予定で田舎に帰り
父の様子を見舞った帰りに寄り道でもしようかと
密かに画策している状態なのであるが
1日目は昼の片付けが終わった後なので
帰るのは夜中、暗闇では曼珠沙華は見えないだろうし
2日目の夕方までには帰らなければならないので
実質24時間の予定はかなりのハードスケジュール。
渋滞に巻き込まれないことを祈るばかり。


早いもので 昨年父を半分騙して病院に入れてから1年が過ぎます。
2週間もしないうちに転倒、肋骨を3本折る重傷
その事に誰も気が付かず、気が付いた時には
骨膜を破った骨が肺に刺さり
肺からの出血その他で肺炎を併発
それから生きたり死にかけたりを繰り返して早1年
意識が朦朧の本人が何を考えているのか どうして欲しいのか
聞く術も伝える術もないのであるが
家族 特に母親にとっては辛い1年であり 未だに辛い日々です。
今年の3月までには ほぼ1ヶ月に1-2度帰ってはいましたけど

そればかりだと生業が疎かになり生活が危ぶまれる・・・・・。
5月に帰ったきりになっていました。
夏に娘達が帰った時に娘二人は帰る気でしたけど
最近は田舎に帰っても病院ばかりで昔みたいに遊んでやれないので
同じ時間を使って娘とはキャンプに行きました。


別な日夏に兄に帰ろうと勧めたけど、親に一番苦労をかけた本人は
忙しいとにべもない返事。
結局お盆の墓参りにも行かず仕舞いです。
帰れそうな事をい告げると母親は喜びますけど
何かの都合で帰れなくなった場合失望が大きいので
帰る話しは5月に帰ったきりしませんでしたが
もう限界なのでしょう、父の顔を見に帰るように言われました


みんなが元気な頃田舎に遊びに帰る事は、
娘達と道草を食いながら 遊び半分阿蘇に登ったり
高千穂に寄ったり 1日かけて帰る事は楽しかったけど
今では深夜 殆ど信じられないスピードで片道240km
1.5日で都合600km以上も一人で運転するのはつまらないのである。


明後日は親孝行の真似でもして、帰りは少しでも遊んで帰ろう。
今から母親の喜ぶ 生キャラメルを作ります。
  1. 2009/09/24(木) 23:11:30|
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徒然なるままに

昨日は朝の6時起き。7時より仕事を開始したのであるが
1日中仕事に追われに追われて 終わったのは零時すぎでした。
二度ほど壊れて癇癪を回してしまいました。
17時間も働く私って何?


昨日は料理教室
何故か東南アジア料理で
「スパイシーなタイ風春雨サラダ」と、「生牛肉のフォー」の2品
多めに自分の分まで作って食べようと思ったのに
それどころではなくて、仕舞いには食い物とは呼べそうに
なくなったので哀れタイ風サラダはゴミ箱行き
フォーは深夜泣きながら一人で食べました。(うそ)
しかし、美味しくて心に沁みました 「クレマンティーヌ」は
今頃どうしているのかと思うと 少し哀しくなりました。



食事をしながら昨日のニュースを見ていると
パリのルーブルの傍の 夏になると遊園地をやっていた公園で
なにやらオチオチ食事もできないようなアトラクションの
空中レストラン(春先にベルギーでも同じような事をしていましたけど)
安全ベルトをして、席から1歩も動けないような環境の食事に
果たして日本円で12万円も支払う価値があるのか?
いったい誰が作っているのか気になっていたら
マーク・ヴェラーと言う友人のシェフでした。
なんで彼は空を飛んでいるんでしょう?

彼の料理なら12万円はまあ ありでしょうか?
オーベルジュ・レリダンは風光明媚なアヌシーにあります。
(普通でも1回の食事が6万円から8万円ですのでパリまで
アヌシーから動かない彼が出てきてくれたのでまあ納得価格でしょう)




今日は早めに仕事はお仕舞い、明日は朝から役所に行ったり
病院に行ったりとプライベートで忙しいのです。
皆様お疲れ様でした、明日こそ素晴らしい1日になりますように。
お休みなさい。


さて今夜は何を食べよう?
  1. 2009/09/19(土) 01:50:24|
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10年の後  

1999年 9月 10日
私のインディペンデンスデーである。


今から10年前の今日私は独立したのである。


捻くれ者の私は銀河鉄道999ならぬ199999(ファイブナイン)に
開業独立を果たしたかったけど9だらけは苦しみぬいて縁起でもないと
(駄洒落かよ?苦しまなくてすむ人生なんてあるのでしょうか?)
回りの反対の声が大きくて9月10日に決定したのであるけども。
やはり生きていくのには苦しみは付き物でした。
吉田兼好の言うとおり吉日を選んで物事を始めた日と
そうでない日の成就の割合は同じだと思います。
いっそ中国人みたいにこれ以上悪い日は無い日に
物事を始めるのもよろしいかと思います
彼らに言わせるとそれ以上悪い日が無いような日だと
後はそこから這い上がるだけだそうです。


当日は生憎の雨模様の中 招待客が最終的には400名近くになり
2時間の予定のレセプションパーティーが終了したのは
翌日の1時を回っていて グラスや皿を片付け終えたのは朝の6時を過ぎていました。
あまりの人出にトンデモいないことを始めた気がしました
何の根拠もありませんでしたけど 将来の明るい展望が見えました。


それから3652日
開業4年目にして現在の場所に移転。
あっという間の10年の月日。
私の周りを様々な出来事が通り過ぎて行ったのですけど・・・。
本当は本日皆様方をご招待して 酒池肉林のドンチャン騒ぎを
決行する予定だったのですけれども 生憎と店の主人は
8月より体調不良のため臥せっておりましたので
今回は酒池肉林のパーティは延期と言う事でご容赦を下さい。


せめて何か気の利いた面白そうなことを書きたかったのですけど
取りあえずは感無量という事にしておいて下さい。


これだけ世の中不景気になりながらも
まるで雨後の竹の子の如く飲食店の出店をなさる
命知らずなと言うか 能天気なオプチミストの方が多い昨今
店を開けたは良いが3ヶ月を待たずして丼鉢は沈み 経営破たん 倒産 夜逃げの多い
この業界で10年もお店が存続することが出来た事は ひとえに皆様のご愛顧のお陰と
心から感謝する次第でございます。


先に一人で始めた祝杯でもう何がなにやらシドロモドロです。
11年目も12年目もよろしく。  「悲しみよ今日は」!
  1. 2009/09/10(木) 01:06:12|
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寿司屋など

いつの頃からか外食で寿司屋に行く事が無くなった
寿司屋に行くには行くのだけど 馬鹿高そうな寿司屋の
付け台でお好みで好きな物を注文する事、
もしくはこちらの好みを全く無視して
まるで手品のように色々と出して頂く事が
大層恥ずかしいし 生魚を酢飯に載せて握った物が
お一人様15000円とか高い店では30000円とかに
なることがどうにも合点がいかないし
いったい何がなんぼしているのかが解らない事が 
出が貧しい人間には不安の種であるし
一部の真面目な職人さんは別にして 聞きたくも無い職人の与太話や
苦労話、
聞くに堪えない親父ジョークをクドクドと話しかけられて鬱陶しい事この上ない。


世の中には寿司屋さんで馬鹿高い料金を支払う事を
ステータスになさっている方も居てそれはそれで
需要のあるところに供給ありで 資本主義の根幹を成す事で
あるから一向に構わないけど 料理が美味しいか美味しくないか
自分の味覚に合っているかいないかだけの問題なのに
何処そこに行っていくら払ったしか仰らないので
高ければそれでよろしいのかとお尋ねしたくなる。
(これってゆうべ中州の○○と言うクラブに行って
いくら支払ったと自慢なさ方と同じ心理状態なのか?)


私にとっては母の作る鞠寿司 (鯵や鰯、鯖などを〆て作る寿司)が
一番美味しいし 多分母以上の物が自分では作れるけど
田舎に帰った最初の夕餉にはやはり母の「鞠寿司」と「だご汁」が嬉しい。
それだけの事で、母にはまだまだ長生きをして頂きたい。
(地元では訛って舞い寿司とも呼ばれる、舞うように美味しいから
との説も)
しかしこれは関西系のなれ寿司である、素朴な家庭料理で華は無い
時には新鮮な魚を美味しい寿司ご飯でさっと握ってもらうのも嬉しい。


でどうするのか?
最近ではもっぱらクルクル寿司である。
ただしどこでも良いと言う訳ではないので、行く店は決まっているけど。
クルクルの良い所はまずお馬鹿なアンちゃん職人の下らない
お話を聞かされなくて済むし
ガールフレンドと二人で行けば1皿2貫の寿司をパルタージェ
(分け合う事)すればかなりの種類を食べられるし
そこは回っているけど頼めば何でもすぐに握ってくれるので
気分は馬鹿高な寿司屋さんと同じである。


握り寿司、鰻、蕎麦、てんぷらなどは江戸の町人文化から
発生した物でどれも江戸時代のファーストフードである。
いつぞやNHKの時代物の番組を見ていたら
江戸の買い食い文化について詳しく説明がされていて
なかなか面白かった。
寿司、てんぷら、蕎麦は今で言うハンバーガーや
唐揚、たこ焼き並みのファーストフードとのことで
戦後、寿司、てんぷら、蕎麦、蟹、河豚を
お金持ちが食べだしたのであっと言う間に高級になったと
獅子文六さんが嘆いておられたけど
戦前までは以上の食べ物はあまり人品骨柄いやしからぬ
人々の食べ物ではなかったそうな・・・・。



で昨日の夕食はお寿司屋さんでした。
烏賊、生海老、ずわい蟹の軍艦、秋刀魚、鮪、海胆、サーモン
焼き穴子、鉄火巻き、秋刀魚、カワハギの白子、鰯、生海老
ビン長鮪、秋刀魚、焼き穴子、計16貫全て絶品でした
特にシーズンの秋刀魚、カワハギの肝、ビン長鮪は特筆に価します。
これにビールをいただきました。
昨日はご馳走していただいたのでおいくらかは知らねども
2人で8000円は行っていないでしょう。


ワインと同じで食べる物も 最近はいかにコストパフォーマンスが良いかで決めています。
現金なもので少し元気になりました。
  1. 2009/09/09(水) 16:05:59|
  2. 日々の出来事
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Mare Tranquillitatis(静かの海) 3

今 手元に「地球/母なる星」なる分厚い宇宙写真集がある。
初版は1988年である。
この頃はまだ東西冷戦のさなかで、ロシアがまだソヴィエト連邦という独裁国家であった。
(今もあんまり変わらないけど)

この本 世界で初めてのソヴィエトとアメリカの共同編集の
宇宙写真集で主に宇宙から見た地球の姿を写している。
各写真には今まで宇宙に向った(当時)色々な国の宇宙飛行士からのメッセージが
16ヶ国語で添えられていて
写真集というより 壮大な宇宙を体験したちっぽけな人間からの
哲学的メッセージ集となっています。
本の中では月にもページを割いています。
息を呑むような宇宙から見た地球の美しさに比べて
月の風景はサハラかナミビヤ砂漠の夜の風景である。
つまらないのである。
そんな所がアポロ計画はうそっぱちで
写真の数々は何処かの砂漠で写されたといわれる所以でしょうけど。


それでも月の地平線から昇る上弦の地球の出は圧巻です。


3日間に渡って我々に一番身近な星「月」の事を書きましたけど
あまりにも書くべき事が多すぎる事に今頃気が付きました。
また、日を改めて書き足したいと思います。


さてここからが本題ですけど 今年の中秋の名月は
来る10月3日の土曜日となります。
今年も観月会を行ないたいと思いますので皆様こぞってご参加下さい。
(っていきなり営業かよ・・・・?)

観月会
日時 2009年10月03日午後6時より
(雨天の場合は当店にて開催 順延はありません)
会場 大濠公園近辺
(今から良さげな場所を下見をした後お知らせします)
会費 お一人様¥4000(お食事代)
秋の味覚盛り沢山のメニューをご用意する予定。
飲み物は各自ご持参下さい。

<参加ご希望の方は直接ロアジまでお電話下さい。>

1969年7月16日人類は初めて月の「静かの海」に降り立った


この計画のもとをただせばケネディ大統領の以下の選挙公約から
始まったとてつもないプロジェクトである。

"I believe that this nation should commit itself to achieving the goal, before this decade is out, of landing a man on the Moon and returning him safely to the Earth."

「私は我が国が、この10年間(60年代)が終わるまでに人間を月面に到達させ、なおかつ安全に地球に帰還させることを約束する」。
ケネディ大統領は凶弾に倒れたがその選挙公約はみごとに実現された。


最後に時のアポロ宇宙船の船長の言葉でこの項を閉じます。
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」。
(That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind.)
                        ニール・アームストロング
  1. 2009/09/04(金) 17:16:38|
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Mare Tranquillitatis(静かの海) 2

月の表面には無数に衝突クレーター(隕石孔)がある。
地球から天体望遠鏡で確認しても10000個以上のクレーターが確認できる。
アポロ宇宙船が持ち帰った月の石の表面にも衝突による
細かい穴が沢山確認されている。
月と地球は兄弟星というか親子星というか
元々の年齢も組成も全く同じ星なのであるけど。
月の表面は見るも無残なアバタ面で
過去において破局的な大惨事があった事を物語っている。
(もっとも誰も住んではいないので被害はゼロですけど)
一方地球の表面は穏やかで、火山の噴火によるクレーターは
見られても我々の日常でまず衝突クレーターを見ることは殆ど無い。

月も地球も同じ公転軌道上を回っているので
隕石が月ばかりに落下していったとは考えられない。
これは何故か?


地球は月より比べ物にならない位大きいので、隕石の衝突は
月とは比べ物にならないぐらいに多かったと推測されるけど
地球は大きくて内部はまだ冷えきってはおらず
対流から起きるプレートテクトニクス活動により
造山活動活動がまだ盛んであること。
同じように火山活動も盛んであること
クレータができてもそこが山として隆起してしまえば穴は無くなるし
溶けた溶岩が流れ込めばクレーターは跡形も無くなる。

水や波の力により岩でさえも削られる事。
(削られた砂や小石が穴を埋めてしまいます。)
風や飛ばされた砂の力で岩でさえも削られる事。

仮に自然が1年間に0.1mmのスピードで深さ100mのクレーターを埋めたとしても
100万年も過ぎればクレーターは完全に埋まってしまいます。


衝突クレーターが、地球ができて最初の10億年の間にできたとすると
1回の衝突にかかる時間は平均して10万年に1回ぐらいの確率になる。
地球が誕生して45億年、クレーターはほとんど消えている計算になります。
しかし、月には水も空気も風も無い、全く何も無い。
だから衝突の痕跡は何年経ってもほとんどそのまま残るという事になる。


良く見るとクレーターには一部奇妙な形をしている物がある。
まるで子供が描く太陽みたいな光の筋の形をしてる。
これは光条といって比較的新しいクレーターにみられる模様です。
いくら水や空気が無くても、太陽風や宇宙塵によって
少しづつですけどやはり月の表面にも侵食はあります。
それでもクレーターを埋めるほどではありません。
しかし、衝突の時に巻き上げた細かな埃はやがて埋められてしまいます。
ケプラー、コペルニクス、ティコなどのクレーターでは
地球からでも光条をはっきりと見ることができます。


それからみなさん、一部はっきりしないと言うか
解らない上弦の月だの、下弦の月だのという言葉ですけど
簡単に理解したいなら月を見上げて右側(西側)に見える月があったら上弦の月です。
逆に左側(東側)にあったら下弦の月と呼びます。
話しが非常にややこしいので まず疑問は無しでそう覚えて下さい。


弦と言うのは弓の弓弦の部分なのですが
上弦の月も月の出での時は弦が下を向いていますし 
月の入りのとき弦は上を向きます。
それに南中する時には弦は横向きです。(右に月が見えます)
上弦の月は昼間に昇り、夕方南中して深夜に沈みます。
これでは、何を基準にしてよいのか解りません。

下弦の月はどうでしょうか?
逆に下弦の月の 月の出では弦は上を向き
月の入りの時は弦は下を向きます。
南中する時は弦は横向きです。(左に月が見えます)
下弦の月は深夜に昇り明け方に南中して昼間に沈みます。
(寝待月、臥待月という言葉はここから来ています。)



何が書きたかったのかさっぱり解らなくなっても
お話しは続く。
  1. 2009/09/03(木) 23:25:06|
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Mare Tranquillitatis(静かの海)

さて9月である。


夕方窓の外をぼんやりと眺めていると、何処からか豆腐屋さんの
「トーフートーフー」と言う間の抜けたラッパの音が聞こえてきた。
今時懐かしいと、突然電気に打たれたようにガバッと跳ね起き窓の外を凝視すると
自転車ではなく軽四輪の車体に○○豆腐と書かれた豆腐屋があっしは
売る気はまったくありません的 猛スピードで住宅街を駆け抜けていった。
(あなたは豆腐を売る気はおありか?)
今時流しで1個せいぜい100円前後の優良食品を
昔懐かしいラッパの音を響かせながら売り歩くと言う
その非生産的かつ非効率的 無駄な労力テンコ盛りな商売スタンスにあきれたり
感動したりの私は貧者の一灯かくもあらんと今宵の夕餉に豆腐の1丁も
買ってあげたくなったけど そこな豆腐屋の軽四輪に追いつくには
自転車で追跡でもしなければ無理と悟り諦めました。
尤も懐かしかったトーフ屋のラッパの音もシンセで合成された後
録音と言うバッタ物でしたけど。


「風立ちぬ、いざ生きめやも」。と言ったのは堀辰雄であり
L'automne,Deja!(ロートンヌ デジャ)「もう秋なのか」!と言ったのは
アルチュール・ランボーであるけど ・・・・。
「いざ生きめもや」(さあ生きていきましょう)と言う気分にはまだ
全然ならないし
「もう秋なのか」と呼ぶにはまだまだ暑すぎて
現実問題、自分自身があまりにも浮世離れした生活を続けていて
その反面俗世の垢にまみれると言う二重苦が続き
どうにも仕方がなくなり豆腐屋にうつつをぬかしている。



閑話休題
九月は中秋の名月である。
今年は楽しく中秋の名月を愛でたいものなので それまでには
心と体のリハビリです。(死んだ振りがリハビリとも思えんが)
月を眺めて見る。
生憎と曇りで見えない。
今夜の月齢は11で今週9月4日の金曜日には満月である。
月の地名には「晴れの海」とか「危難の海」とかあって
変わった所では「舞ノ海」・・・・とかはないけど○○の海という名前の海がある。
月に海も水も無いのはアポロ宇宙船が月に行って調べたので皆が知っているけど
何故○○の海などと名前が付いたのかと言うと
最初に望遠鏡で月を観察したガリレオやヨハネス・ケプラーが
月の暗い部分を海だと勘違いしたせいです。
月の地名にティコとかコペルニクスとかプラトンとかケプラーとか
あるのは全て隕石の衝突によるクレーターの名称です。
これは全て過去において実績のあった科学者や芸術家の名前から
付けられています。(全てファーストネームに限られていますが)
では西岸良平さんの名作「ヒッパルコスの海」は何処にあるのかというと
調べた限りでは何処にもありません。多分古本屋さんにはあるでしょうから
今度あなたも探してみて下さい。しっとりしていて良い作品ですよ。
(ヒッパルコス自体は古代ギリシャの天文学者です。)

月の地名を勝手に付けて良いかというと
それはNonであってIAU国際天文学連合と言う所が
決めたネーミングの決まりに沿って命名されなければならず
最終的にはIAUの承認を受けなければなりません。


つづく?
  1. 2009/09/02(水) 14:11:18|
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