シェフの戯言 黒いページ

リストランテ・ロアジのまわりで起きた様々な出来事を少し辛口につづってみました。

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チーズが無い

本日は私くし主催のワイン会。


今回の初夏の発狂ワイン会
利益度外視1本45000円成りのラ・スピネッタ社のバローロマグナムが
メインの大盤振る舞いの品揃え。
参加者が10名ならはっきり言って儲からない仕事です・・・・・・。



が前から飲んでみたかった(昨年キャプテンの家で02年は1度飲んではいるのですが)
バローロだし たまには過剰な顧客サービスもありかとご用意致しました。
前座のお値打ち白ワイン3種類もそこそこ美味しく頂いて。
お料理は今回は野菜中心のアンティパストミスト


シチリア風カポナータ、人参のレモンマリネ
帆立と平目のテリーナ、ギリシャ風タラマサラダのクロスティー二
新玉葱のキッシュで軽くまとめ


プリモピアットが鶏、鶏レバー、自家製ベーコン、新キャベツの
タリアッテーレ


でいよいよ「ワインの王、王のワイン」のお出ましになのだけど
料理は定番中の定番 Brasati al Baroloブラザーティ・アル・バローロ
牛ホホ肉のバローロ煮込みを用意して
(さすがにスピネッタ社のバローロで煮込むのは無理でしたけど)
いざ試飲の開始です。
我が愛すべき顧客の皆様は味覚も鋭くお料理にせよワインにせよ
いつ、何を、言われるのかヒヤヒヤする面のあるのですが
時にはワインを味わってはいるのでしょうがまるで
ミネラルウォーターでも飲むようにガンガン召し上がる方も
いらっしゃるので 今回用意したフルボディーの重たいワインは
ともすると完全にワインが空気と触れて開く前にボトルがお陀仏になる危険が
あったので抜栓を少し早めにしておいて正解でした。


実を言うと2000年がスピネッタ社のバローロのファーストリリースで
世に出たとたんに素晴らしい評価を受けたと言ういわく付きのワインです。
私も少しだけ頂きましたが、9年の歳月を物ともせずに
ボトルの中で非常に良い状態で熟成が進んでいて
どなたサンか今がピークと物の本にお書きになっていた方も居ましたが
後7-8年熟成させてワインの色がレンガ色になるまで
しっかり熟成した物も飲んでみたいと一人贅沢な妄想に耽るのでした。


今回もワイン会は大成功で重たいマグナムの瓶を木箱と供に
お持ち帰りになりたいと仰る方も居て何だか嬉しい気分です。



朝から何も食べていなかったので、若鶏と新キャベツの煮込みを
ササッと作り 先日田舎からの戦利品で作ったグリーンピースの
ポタージュで遅めの夕食です。
グリーンピースのポタージュは季節を感じさせる重厚な深みのある味わい。
イタリアやフランスの古い料理書を紐解くと
通常農民は殆どありあわせの野菜を鍋に放り込んでコトコト煮込み
スープにパンを浸して食べているのが日常の食事だったと言う事も
十分に理解できました。
美味しいし経済的でロスも殆どでません。

メインの若鶏ですが、少し量が足りないかな?とソーセージを
大量投入 いったい誰がこんなに食べるのと聞きたいぐらいの
フライパン一杯の煮込み料理となりました。
付け合せのジャガイモのピューレ、又してものグリーンピース
二人でガツガツ食べてあれだけあったフライパン一杯の料理は
あっという間に消えて無くなりました。
食事は基本的に洋なら洋、和なら和、中華なら中華になります。
それも必ずコースで1品づつ食べていきます。
1度にハンバーグにキャベツの千切り、可愛いトマト、お味噌汁にご飯、小鉢の煮物が
同時に出てくる食事はありません。
ジャンルの違う味をゴチャゴチャ混ぜるのが嫌いだし
駅弁みたいに何品も同時と言うのが苦手なんです。



食後のデザートも昨夜みたいな洋なら
当然チーズがデザートになる場合が多いのですが・・・・・。
(その後に甘いドルチェも頂きますが)
夕方彼女にチーズを買ってきてもらいたかったのですが
ワインの講習会の案件が煮詰まっていてそんな時間はないとの事
買いに行こうと時間の調整をしましたけど
ワイン会の仕込みで結局行けず 手元にあるチーズは
かなり?でしょっぱそうなゴルゴンゾーラのピカンテ
グリエール、グラナパダーノのみでしたので
ゴルゴンゾーラをチョイス 不味くはなかったけど
なんかイメージと違ってやな感じの締めくくりの悪い夕食でした。
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  1. 2009/05/26(火) 00:34:40|
  2. ワイン
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桃太郎の凱旋

3日間の短いヴァカンス。
夕刻福岡を発ち一路熊本へ ガールフレンドが熊本に帰りたいとの
ことなので熊本まで同乗する。
薬をちゃんと服用してきたのになにやらアレルギーの酷い症状
眼前に広がる山々は黄砂の広がりで視界がぼやけます。
しかし車内には入ってこないはずなのにと確認したら
エアーコンが外気の取り入れになっていました。
熊本インターでゲホゲホやって少しは良くなったのか
運転再開 高速のバス停で彼女を降ろす違法行為の後
一路宮崎に向けて運転再開 辺りは少しづつ夕闇に包まれていきます。
俵山を越えて高森へカーナビが2時間走ったから
少し休憩しろと余計な事を言い出すので 高森峠でトイレ休憩
用を済ませて振り返ると阿蘇の山々が夕陽に映えて
まるで東山魁夷さんの一幅の絵のように美しい。


母親には夜中の12時ぐらいに着きますと連絡をしたけど
予定が4時間ぐらい早くなりこの調子なら8時前には辿り着きそう。
それから、車が無い対向車も後続車も何にも無い一人旅
突如アドレナリン中毒が再発した私は山道をひた走り 隣に母親がいたら
悪態を言われそうな程加速して、久しぶりにモータースポーツを
心から存分に楽しみました。
(アドレナリンがドクドク分泌されて快感でした)


運転を本格的に覚えたのはベルギーでした。
大使の運転手のエミール氏が私の運転の師匠で
彼は普段は大使のメルセデスを静かに運転する紳士なのであるが
別の顔は国際ライセンスも持っているナイステクニシャンなドライバーです。
アルデンヌの 山道のダート走行では舌を噛みそうな
口から胃が飛び出しそうな素晴らしい運転を見せてくれました。
何度かアルデンヌの森に拉致されて舗装されていない山の上から麓まで
何分で降りられるかタイムトライヤルをさせられたり
(横に乗っていて1度ブレーキを踏むと減点10です)
スパのサーキット(当時世界一のレーシングコース)で
危険回避の運転の仕方を教えてもらったりと
早く安全に走る為の技術を教えてもらえました。
危険ですので良い子の皆さんはマネはしないで下さい。


宮崎には予定より30分ほど早く帰り着きました。
母親が家の中に居るのは解るのですが要塞の如く
鍵をしっかりかけています。
年寄りの一人暮らしなので なかなか用心はよろしいようで
私の鍵で開けて家の中に入ると
「何か音がするかと思えばお前か」と例の如く小言が始まりました。
もう今日は車を運転して行くところはないのか聞いたら
無いとの事じゃあ といって冷蔵庫からビールを出して飲み始める。


何か作ってやるから何も要らないと言っているのに
今がシーズンの きびなご料理のオンパレード まず刺身
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%93%E3%83%8A%E3%82%B4
てんぷら、寿司、生姜煮の他
ガールフレンドが一緒かと思って彼女のために鶏の唐揚、だご汁
父のまねをして「今日はご馳走だね」と言ってみる。
相いも変わらず異常な食欲で、久しぶりに他の人の作った
料理を堪能しました。



それから寝るまで、普段から溜まりに溜まった彼女の愚痴
生活の不満、近所付き合いの大変さを聞いて彼女のガス抜きをしてあげる。
明日することを全てリストアップして23時に自分の部屋に上がり
高校生の時から読み返していない 芥川を見繕って
読み始めるがあまりの埃に一時中断、ウエットティッシュで本を拭きあげる。

いつの間にか爆睡 1日目無事終了。
  1. 2009/05/25(月) 02:04:46|
  2. 日々の出来事
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風薫る5月

昨日は母の日でした、朝一老母に電話を掛けようとすると
先方より先に電話あり 今日は何処ぞに花見に行くので電話をしても
自宅には居らんぞと、今日はお元気な事でした。


近々父の顔を見に帰省するので、お花はその時に
後いっしょに楽しく外食でもと誘うと、
まず花は食べられないから要らんし
外食でお金を使うな「馬鹿」との事でした。
まるで、宮崎のガバイ婆ちゃんです。


私の母は私に何か言う度にまるで、形容詞か接頭語みたいに
「馬鹿」が付きます。
必ず文頭か文末に「馬鹿」の一言が付きます。
母が喜ぶなら1鉢のカーネーションや1夕の外食ぐらい
本当になんでもない出費なんですが
馬鹿息子が使うお金は全て無駄遣いだと信じているので
渋々自宅飯になります。
無駄遣いをするなと言って置きながら 何もしないと
○○さんは息子さんから花が届いていただの嫌味タラタラなんです。
兄には何も言わないくせに、私にはいつも「馬鹿」です。
そのくせ、何かにつけて頼りにするのは私の方で
まあ、頼りにされているだけ良いかと
「馬鹿」と呼ばれる事には慣れましたが
ただ、年に数回弟子達を連れて田舎に遊びに行った時は
「馬鹿」は勘弁して頂きたい。

弟子達にとって私は一応師匠なのですが、弟子の手前も
神も仏もあるものかと大抵叱られた訳すらも
解らないような事でボロンクソに叱られます。
弟子達にとって私はとっても恐い存在なのに、
その恐い師匠がボロンクソに叱られている・・・・。
みんながカチンカチンに固まります。
そのくせ、私の弟子には愛想の良いことで
「気楽にして下さい」などとあなたに言われてもね。
鬼は恐いと思っていたら 鬼の母はもっと恐かったら
気軽になんかできません。


そんな元気な母でした。

営業は昼までにして、大濠公園を散歩して映画に行った。
公園脇を流れる疎水にハヤが泳いでいて
子供達が水にドップリ浸かって楽しそうでした。
スイスイと目にも留まらぬ速さで泳いでいても
魚影を一瞬見ただけで種類が解る。
小学生の頃はあんなに速く泳ぐ魚を手づかみで
いくらでも捕まえていた。
宮崎ではハヤはハエと呼ばれていて
オイカワは大和バエと呼んでいました。
丁度5-8月に繁殖期を迎えて牡は素晴らしい婚姻色を発現して
まるで違う魚である。


初めてオイカワを釣った日 婚姻色の素晴らしい色合い
川にもこんな美しい色の魚が居たのかと何も知らなかった私は 只々感動していました。
子供の頃の色の強烈な記憶は
川蝉が川にダイビングをして小魚を捕まえて棒杭に何度も
叩きつけて殺してから食べるまでを、あまりの美しさに
感動して何も言えずに見とれていた事。
宅地造成のために切り崩した、山の上と下で石の投げ合いをして
友達の投げた石が頭に当たり頭をざっくり切った事。
赤い血が止め処無く流れて、別に泣きもしなかったが
このままでは出血多量で「死ぬ」と思うと
家路を辿るのが心細かった、何処かのおじさんが
これは大変と近くの内科の病院まで自転車に乗せてくれました。
内科だったので止血をしただけで縫合はしてくれませんでした。
頭には大きなハゲが出来頭蓋はそこだけ凹んでいます。
縫合したなら4-5針の傷との事。

その様な事を考えながら歩いたら、大人になって随分損をしたような気分になった。
もう私は用水路に1日水に浸かって掻い掘りなどはできないのである。
涼しげな橋の橋脚に寝転んで読書と釣り三昧もなしなのである。
川下でタモを構えて餓鬼共を指揮して
上流からボチャンボチャン音を立てて騒ぎながら川の中を
魚を追い立てバケツで何杯も魚を捕まえたのが懐かしい。


追憶に浸りながら歩いていると
時々えもいわれぬ心地よい花の香りがするかと思えば
突然「ウップ」となりそうな栗や樫の花の匂いが漂ってきて
気分は台無しになります。


来週は2泊か3泊で旅行を兼ねて帰省しようと心に決めた
春の終わりののどかな昼下がりでした。
件の母は 花見に行った先で踊りや太鼓のパフォーマンスを
見て大変素晴らしかったらしく興奮気味で又電話をかけてきました。
  1. 2009/05/14(木) 10:12:30|
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