シェフの戯言 黒いページ

リストランテ・ロアジのまわりで起きた様々な出来事を少し辛口につづってみました。

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月日は流れ、私は残る

 Le pont Mirabeau  (Guillaume Apollinaire, 1880-1918)...  




  Sous le pont Mirabeau coule la Seine.    ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
  Et nos amours                私達の恋も流れる
  Faut-il qu'il m'en souvienne          わたしは思い出す
  La joie venait toujours apres la peine     苦しみみの後には喜びが来ると

Vienne la nuit sonne l'heure            日も暮れよ、鐘も鳴れ
Les jours s'en vont je demeure.          月日は流れ、わたしは残る

  Les mains dans les mains            手に手をつなぎ
  restons face a face              顔と顔を向け合おう
  Tandis que sous le Pont            こうしていると 
  de nos bras passe               二人の腕の橋の下を
  Des eternels regards l'onde si lasse      疲れたまなざしの無窮の時が流れる

Vienne la nuit sonne l'heure             日も暮れよ、鐘も鳴れ
Les jours s'en vont je demeure.           月日は流れ、わたしは残る

  L'amour s'en va comme cette eau courante  流れる水のように恋もまた死んでいく
  L'amour s'en va comme la vie est lente    命ばかりが長く
  Et comme l'Esperance est violente       希望ばかりが大きい
                                         

Vienne la nuit sonne l'heure             日も暮れよ、鐘も鳴れ
Les jours s'en vont je demeure.          月日は流れ、わたしは残る

  Passent les jours et passent les semaines  日が去り、月がゆき
  Ni temps passe                  過ぎた時も
  Ni les amours reviennent            昔の恋も 二度とまた帰って来ない
  Sous le pont Mirabeau coule la Seine     ミラボー橋の下をセーヌ河が流れる

Vienne la nuit sonne l'heure            日も暮れよ、鐘も鳴れ
Les jours s'en vont je demeure.          月日は流れ、わたしは残る

      詩集「アルコ ール」(1913)収録                        


取りあえずの書き出しに、ギョーム・アポリネールの「ミラボー橋」を
書いては見たものの・・・・・・。


様々な事があった2008年?、実際は何も無かった2008年?。
前半までは好景気に浮かれていた、私達。


いつの間にやら、ガソリン代がジリジリと値上げを始め
気が付けば正気では、車に乗れないぐらいの価格になり。

そんな時に、父が倒れて狂気の価格のガソリンを給油して
8月の末から月に2-3回福岡→宮崎→福岡を繰り返した私。
私にしてあげれた事は、ほとんど何もありませんでした。
そのまま、お迎えが来た方があるいは、父も幸せだったのかも
しれませんが、死の淵からかろうじて 生還した父。

生きていれば何より、などと戯けた事を言う輩がいますが
寝たきりで、ほとんど私のことも解らずに、歩けもせず
用も足せず、流動食しか食べれない父に
人間としての尊厳はあるのでしょうか?

父の事が哀れなのか、そんな父を見捨てる事無く看取っている
家族が哀れなのか、時々解らなくなります。
そんな中大恐慌以来の、世界的な不景気。
あれよあれよと言う間に、3ヵ月後、半年後、1年後の事は誰も
何も解らなくなってしまいました。


明日で、仕事はお仕舞い。
明後日は1日遊んで、31日の零時を過ぎたら、兄を迎えに行って
お正月は宮崎へ・・・・。
本当は、ガールフレンドと福岡で楽しく過ごしていたいのですが
知らん顔をできるほど、まだ冷たい人間ではなさそうだし
それより、それ以上に私は親に対して受けた恩が大きすぎるのです。

父の死はいつかは、解りませんが「近いうち」という事で
予定されたことです、残された時間で何をするのか?
なにをしてあげられるのか?

父は、すでに周りの事は何もはっきりとは何一つ解りませんが・・・・。



新しい1年が、皆様におかれまして、幸多き1年になりますように
心よりお祈り申しあげます。
1年間お付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。

来年もリストランテ ロアジをよろしくお願いいたします。


                         では、良いお年を。
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  1. 2008/12/29(月) 03:03:20|
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師匠

今年最後のワイン会も終了。
今回は10名参加でに盛大に行なわれましたが
人数的には7の倍数の人数が良いですね。
(ワイン1本でグラス約7杯取れるため)
泡1本、白1本、赤3本 計5本のテースティング
ワインにあわせた、コース料理、デセール、コーヒー
以上で6300円は、かなりお値打ちかなと思いますが。
(経費が出れば良しの、顧客サービスのイヴェントなのです)



昨日は前菜を2種類出した後は、ポルチーニ茸とホロホロ鶏の
リゾットの予定だったのですが、業者の勘違いと連絡ミスで
食材が届かずに、急遽木の子のリゾットに変更したのですが・・・。



ゲストにお詫びをして代わりの木の子のリゾットをお出しして
やっぱり、美味しいですよと言っていただき
キッチンに来た三日月姉さんにも、味見をしてもらい
「これ、めちゃくちゃ美味しいですよ」。とのお褒めをいただいたのですが、
我々プロは自分に課せられた職業道徳と職業レベルがあるので
余人がいかに褒めようと、イメージ通りで無かった場合は
「駄目」なのであるし、逆に余人がいかに貶そうと
イメージ通りのものなら、以って瞑すべしなのであるが・・・・。


「美味しいけど、これで驚いているの」?
「まだ、本気を出していないんだけど」。
以上の言葉を彼女に伝えた時、一瞬頭がガーンとして何十年か前の事を思い出す。


私の師匠の事である。
私には、師匠が2人いるのですが、一人は通称<キング・コング>
レストラン、エカイエ ド パレ ロワイヤル のシェフ 「アッティリオ・バッソー」氏と
(この方の事もいつか書きます)日本人の山崎シェフです。
料理の仕事の技術部門では山崎シェフであり
料理に対する基本概念は、アッティリオさんである。

いつか、何かに書いたけど山崎シェフは仕事はピカイチだけど
完全な性格破綻者でセコンドが誰も付いて来れずに
すぐ、辞めていましたが、なぜか私は愛されてしまい
不思議と可愛がって頂きました。
仕事に対してのオーダーはとてつもなく高くやること成すこと、
難癖をつけられたり、あからさまに馬鹿にされたりと
散々な目に会いましたが、不思議と辞めたいとかは思いませんでした
技術が習得できれば良いのであって、1日も早く基礎をマスターして
渡仏の事しか頭にはありませんでしたから。


時々他に誰も居ない時に、ふと変な優しさを見せる方でした。
ある日、居残りをいわれて宴会の料理のアシスタントをしている時
お腹が減っただろうと、ニンニクを5片剥くように言われ
完熟のトマトを3個容易して、皮を湯剥きするようにも言われました。
他にフランスパンのスライス、グリエールチーズ。

作り方は以下の通りです。
冷たい鍋にニンニクの微塵切り、バージンオイルをひたひたに入れて
低温で加熱していきます、ニンニクに軽く色が付いたら
1cm角に切った完熟トマト、水600ccぐらい加えて 
後はマギーブイヨン(あればマギーのグラニュレイト)と塩コショーで
味をつけて、5分ぐらい煮込みます。
耐熱カップを用意して、できあがったスープを注ぎ
フランスパンのスライスを2枚ぐらい載せて 更にグリエールチーズを
たっぷり載せて サラマンドル(上火だけのオーブン)で
表面を焦がしたらできあがりです。
空腹な胃袋をギューッと鷲掴みにされたほど、美味しかった。


こんなシンプルな食材で これだけ美味しいスープを10分も掛からずに作れるなんて。
感動で恍惚としていると、師のたまう
「こんな事で感動しているの?トーマスもまだまだだな
第一この程度のスープに本気はなんか出していないからね」。



この人が本気を出して作った料理とは、いったい
どんな料理なんだろうと密かに憧れました。


師は仕事は抜群なのに、その性格から料理人としての後半は冷遇され
不具を極めましたが、今は引退して沖縄で幸せに暮らしているとの事。
何年かしたら南の島に訊ねて行こうと思います。



今でも同期の4人が集まれば、(現在私以外は、かなり大きなホテルで
グランシェフ<総料理長>をしています。)
我々4人が山崎シェフの技術は凄かったといまだに絶賛している方、
技術以外は図らずも私の反面教師になってしまった方ですが
それでも、みんなの尊敬は一身に集めています。

「いつまでも、君が私以下なら、弟子として師匠に対して
大変失礼な事だ、尊敬はしても師匠の技術はいつか
否定される運命にあるから、頑張りなさい」。


遠い昔に掛けられた言葉・・・・。
私は、果たして師匠を越えられたのだろうか?
  1. 2008/12/21(日) 14:48:58|
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アンパンとか

親というものは、ありがたいものではあるが
時々、突然意味不明なことをする。

先日突然荷物が届き、中から田作、きんぴら牛蒡、すり身(さつま揚げ)
白菜漬け、南瓜(生)野菜(玉葱、人参、自然薯)等が入っていました。
最後に意味不明な漉し餡 約500gが、それも小豆餡ではなく「ささげ」の餡
お汁粉にするなり、好きにしなさい・・・・って言われても。
冷凍庫の肥やしにするのも、母に忍びなく
アンパンマンじゃなかった、アンパンを作ることにした。
まず、バターロールのパン生地を仕込む。

アンパンはベルギーに暮らしている時よく作りました。
毎日毎日バゲット(フランスパン)ばかり食べていると
たまにはデニッシュ(菓子パン)それもアンパンが食べたくなります。
大使のお嬢さんにもよく作りました。
ヨーロッパ人は豆を甘くして食べるのを嫌いますが
私の周りのベルギー人はアンパンが好きな人が多かった。


普段作っているハードの、フォカッチャやグリッシーニなどのパンと違い
発酵を待つ楽しみがデニッシュにはあります。
1次発酵を終え、分割、軽量、ベンチタイムを置いて形成、二次発酵、焼成。
美味しいアンパンとバターロールが都合30個近くできました。
熱々のアンパンはそのまま頂いて、バターロールは冷めたところに
フィリングを挟んでサンドイッチに 。
うまい、うまいと一人で都合10個近く食べました。
他は、みなさんにおすそ分け あっという間になくなりました。

たまには復習のつもりで、ブーランジェー(パン職人)の仕事も楽しいですよ。
あまりに、美味しいできなので次回は母に送ってやると言ったら、
送料の方が 高くてもったいないと、にべも無いお断り。
親とはありがたいものです。


次回は、美味しいクロワッサン。
  1. 2008/12/20(土) 12:57:38|
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受難の月

11月も終わりになると、ヨーロッパの町や村では
目抜き通りはクリスマスのイルミネーション一色になります。
日本みたいにカラフルではなく、銀色がベースでしたが今はどうでしょう?

そして、11月の終わりには各家々の郵便受けには、おもちゃのカタログが投げ込まれる。
すると、ガキ共は勝手気ままに今年の希望商品に丸をつける。
まず、第一波サン・ニコラの日12月6日である。
12月5日の深夜サン・ニコラは、良い子の部屋を訪れて
プレゼントをそっと靴下やスリッパの上に置いておいてくれます。
このじいさん、白髪に白い髭とどっかで見た事のあるじじいの
出で立ちなんですが

何か少し違うぞ・・・・・。

まず、幼稚園などに出没する、サン・ニコラの出張サービスであるが
乗り物がトナカイの橇などという、しゃれた物ではなく
何んとドンキー(ろば)に跨って登場するので少し間抜けな感じがします。
それから、おなじみのじいさんと違うところは
真っ赤な着衣の色は同じですが、ジャケットとパンツのスマートなじいさんと違って、
衣服の形はどう見ても修道士のフード付きの長いマント
首からはどでかい、十字架を下げ 頭にはありがたい
司教冠をお召しになっておられます。
さらに、馴染みのじいさんと違う所は
全身黒ずくめのフェタールと言うお供を2人もともなっています。
(顔まで真っ黒です)
フェタールは出で立ちが恐い上に、棒まで持って悪餓鬼を
懲らしめるべく武装しています。
まるで、西洋版秋田のなまはげです。
大抵の悪餓鬼は泣き叫び、サン・ニコラに日ごろの悪行を悔い改め
良い子になる事を誓います、そしてご褒美としてサン・ニコラからのプレゼントを頂きます。


そうです、サン・ニコラは(セイント・ニコラウス)サンタクロースの
モデルになった聖人です。
プレゼントをもらう時は、どの子もサン・ニコラの膝に抱かれて
祝福の言葉をいただけます。
カメラをお持ちの父兄の方シャッターチャンスですよ。
ベルギーの場合、幼稚園などに出没するサン・ニコラは
スペキュローズというやたら硬いシナモンクッキーしかくれませんが
夜中に忍び込んでくる、泥棒サン・ニコラはアーラ不思議
「アタイが丸をつけたおもちゃが」。ちゃんと足元のスリッパの上に
置いてあります。
これが1回目の受難です。

さて、月日は流れて12月24日ノエル(クリスマス)のイブの
夜は大抵親戚一同が集まって、ドンチャン騒ぎとなりますが
集まった大人達が全員おもちゃを、それこそ山のようにくれます。
夜中におとうさんがコソコソと、枕元にお願いしていた
プレゼントを1個置いていってくれるのとは、分けが違います。
ベルギーの子供達は、クリスマスプレゼントは
サンタではなく、大人がくれると思っています。
さらに、1週間後のレヴェイヨン(大晦日)のドンチャン騒ぎで
お金も元気も使い果たして、受難の12月が終わります。
大抵が徹夜で馬鹿騒ぎをして、正月の元旦は寝正月となります。

お休みは元旦1日だけです。
  1. 2008/12/20(土) 01:14:32|
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さすらいの果て玉収へ

可愛がっている、若い娘が今のぬるま湯の中から、
冷たい木枯らしの吹き荒ぶ荒野に出て
新しい仕事にチャレンジしたいという事なので。
物心両面から、できる支援をしてあげたくて
今日は朝から満願成就の願を掛けに、大宰府さんまで出掛けた。
この就職難のご時勢に競争率○○倍の狭き門を
突破してまずは採用してもらわなければなりません。

私は神を信じてはいませんが、日本人の素朴な信仰は愛すべき習慣だと思っています。
願をかけて、お守りを頂き本日の目的は無事達成されました。
さて、何をしますか?

本日のお供は猿と犬と雉ではなくて、三日月姉さんに
お疲れのところを、付いて来て貰いました。
都府楼跡に行ったことが無いというので、小春日和の中トボトボ
歩いて行く事にしました。


途中天満宮の参道で、恒例の梅が枝餅を召し上がりになりたいと
姉さんが言うので、本日は「傘の家」さん。
近代的自動梅が枝餅焼き機を導入のお店です。
並ばずに買えそうで、私たちの前には一人の紳士がいるだけでしたが
店の兄ちゃんが何かとってもやる気なさそうで嫌だなと
私が思っていると、姉さん電光石火の早業で
通りの向かいのお店に行ってしまいました。

こちらも「傘の家」さんなんですが、こちらはおばあ様3人で
切り盛りしていて、こちらの方が昔ながらの手焼きです。
気分だけで美味しそうではありませんか?
焼きたてのパリパリのやつを、お店で頂きました。
お茶まで頂いてなんか得した気分です。
それで、御代は2個210円です。

色々な話をしながら、楽しく歩きましたが
途中から生憎と車の交通の多いところを歩くはめに成り
空腹時にカフェインを摂った事も 祟って。
喘息発作を歩きながら起こしてしまいまして、酷くはないけど
都合2時間近くげほげほでした。

都府楼跡、大宰府政庁の跡地です。
基礎の敷石が昔の面影を忍ばせます。
そろそろ、お腹が空いてきたのですが今日は行きたいお店があり
そのお店が今もあるのか甚だ心許ない状態でしたが
とにかく、安くてボリュームもあり、とにかく美味しい。と、
姉さんをだまくらかして、歩けや歩け2時間約7200m歩いて
目的の「玉収」と言うお弁当屋さんにたどり着きました。
お目当てのお店は、いまだに存在していました。

玉収の親父さんはたぶんどこぞかのレベルの高い有名料亭で花板まで
登り詰めたのだろうと、容易に推測できる腕のよさ
変哲も無い、お弁当屋さんなのに○○亭とはかけ離れた味付け。
お弁当屋さんなのに不思議と小上がりと6席のカウンターがあります。
12時から歩き始めて、たどり着いたのは2時で。
暖簾は下がっているけど、店の中は真っ暗で
「えーもうお仕舞い」とがっかりしましたが、
奥から親父さんと弟子?息子さん?が出てきて
どうぞ、どうぞと言ってくれる。

お昼のおまかせをお願いする。
ビールをたのんだら、小鉢を先に出しましょうといって
つまみの小鉢を出してくれた、これが里芋とありあわせの野菜を
炊き合わせただけなんですが すこぶる美味しい。
早い時間に来るともっと良かったのでしょうが
他にあら炊き、茄子の煮物、梅味の鶏天、よこわ鮪、天然鯛、小柱のお造り
(唐草独活なんてしゃれた物が入っていました)
ご飯、吸い物(味噌汁が美味しいのですがこれも具沢山でけっこうでした)
他に意味不明のサラダ2種類、完熟パイン。これで1250円ぽっきり。
私が10数年前ベルギーから帰国した時もこの値段で
当時は少し贅沢なランチでしたが、今現在でこの価格で
この内容ではお店は厳しいかなと思います。

事、味に対してはうるさい、三日月姉さんも大喜びでしたので合計10km近く歩いたかいがありました。
お店を出た後も、そのお店の味を反芻できるお店が
いったいどれだけあるのかと思いました。
又来たいのですが、福岡からは遠いのです。
姉さんも近所にあれば毎日来るのにと喜んでもらえて
ご案内した甲斐がありました。


親父さんの話を聞くとも無く聞いていると高血圧との事、
いつまでもお体お大事に。
又忘れた頃に必ず訊ねて来ますから。
  1. 2008/12/18(木) 21:10:58|
  2. レストラン
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年越し蕎麦は食わんぞー。

今日のニュースで年越し蕎麦は何時に食べるか?と言う記事があったけど
基本九州は物成りが良く、鹿児島の火山灰地、熊本の五木や宮崎の
椎葉や高千穂などの高地でしか 蕎麦を栽培する事があまり無かった事と
一応関西のうどん文化地域なので、基本日常に食べるのはうどんであり
年越し蕎麦の事は知っていても大晦日に 年越し蕎麦を食った記憶が無い。


それに私の家にはいつも、居候や下宿人など本来の家族ではない方が
四季折々にいらっしゃって、貧乏なのに人の良い両親は
何の分け隔ても無く良く面倒を見てやっていました。


困っている人に手を差し伸べる事は、人間としての美徳であり誇りに
思っても良い事でしょうが、家の少ない財政でやりくりしていると
如何せん、普段食べる物は量重視の粗末な食事になりがちでした
(それでも母は料理が上手で美味しかったのですが)
そんな、大勢の一つ屋根の下の擬似家族が(最高で13名暮らしていました)
本来の4人家族になれるのが、大晦日とお正月だけなのです。
普段は質素な暮らしでしたが、大晦日だけはエクストラバーガンツアー
(ドンチャン騒ぎ)なのです。
普段は若者の夢である、焼肉食い放題だの寿司の出前なんぞは
この日にだけ許された、贅沢なのです。
なので、大晦日に何も蕎麦なんぞは食いたくもないと
みんな思っていました。
だから、関東の習慣の年越し蕎麦なるものが 広まり始めても
我が家には年越し蕎麦を食べる習慣はいまだにありません。
大晦日は、ヨーロッパと同じくシャンパンを開けて
母の好きなポルトを用意して、牡蠣はアレルギーだし
フォワグラや、キャビア、トリュッフなんぞはもう飽きたから
今さら食いませんが、年老いた両親の好きな物を用意して
30日に片道240kmの山道を帰ります。


今年から寝たきりの父は参加できないのが残念ですが
フランス料理をご所望なので、彼でも食べられる物を作って帰ります。
だから、我が家では年越し蕎麦は食わんぞ。
  1. 2008/12/15(月) 20:25:05|
  2. 料理
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冬の フォン ド ヴォー

仔牛の骨が来る、重量は30kg。
天板に広げてコンベクションオーブン200度で全開。
しばらくすると、辺りに水蒸気が広がり始める。
水分が無くなった所で、ほんのりと焼き色が付き始める
さらに焼き続ける。

普通のガスオーブンでは1回2時間近く×3回なので
昔はほぼ焼くだけで1日仕事でしたが、さすが科学の力
約60分×1回で全てが終わるので随分と楽であるし
ガスオーブンみたいに焼きむらがないのでありがたい。
しかし、こんなオーブンでも中型の乗用車1台以上のお値段がするので
使えなかったら短気な私はかなり頭に来ているはず。

それこそ、アッと言う間に美味しそうに(私の愛犬は好きですが、私は食べません)
焼きあがりました。
赤ちゃんが2-3人溺れられそうな大きな寸胴鍋に焼きあがった
骨を入れて、水、赤ワイン、トマトペーストを入れて火にかけます。
それとは別に玉葱3、人参2、セロリ1の割合で乱切りにして
(かなりの量です)別にニンニク2玉をフライパンで弱火でじっくり炒めます。
鍋の中の出汁に野菜を加えてローレルの葉っぱを2-3枚加えて、沸くまでは強火
沸いてからは表面が踊るぐらいの火加減で約24時間
次の日出汁を漉してから、残った骨と野菜に初日と同じ
材料を加えて今度は12時間。


これで、1セットです。

3日目はまた、漉した出汁に骨をくわえて野菜を加えて24時間煮込んで
漉して、煮詰まった分の水分は昨日2回目に煮込んだ出汁で補って・・・・。

話しが長くなりますが、つまり都合3セット骨を変え野菜を変えして
1週間近く煮込んでいきます。その間浮き出てくるあくは
こまめにすくい取らなければなりません。


私の店のスタッフが他所の店にヘルプで行った時
まず驚くのが、今では出汁の類をほとんど取っていないという 店が多いという事。
では、どうしているかというと缶詰、レトルトパックならまだ
良い方で出汁は全く入らない料理を作る所が多いとの事
「家は素材が良いから出汁は必要ない」と嘯くシェフもいますが
本当にそうなんでしょうか?
面倒くさいと言う言葉に負けて、手を抜いているとしか思えませんが・・・。


夏は夏で1日中火が着いているので、暑いし。
逆に冬は暖かくて良さそうなんですが、逆にマンションの二階に
ある私のお店では、壁という壁に結露がびっしりで
日に何度も壁をふき上げなければなりません。
でも、こうやって出来上がったフォン(だしのこと)を使って
ソースを作ると本当に美味しいなと、自画自賛したくなります。
フォン ド ヴォーの難点は少量取っても美味しくも何んとも無いと言う事で
やはり、1回の仕込み量が最低50L近くになる事でしょうか?
昔はよく腐らして泣きたい気持ちで廃棄していましたが
私のキッチンも今は機械化を進めて、これまた軽自動車1台分ぐらいする
真空包装機がありますので、最後まで捨てずに利用できます。
小分けして、真空をかけた後低温殺菌をすれば 無酸素の環境で
長期保存が可能になりました。


今日が初日、1週間後に旨みとゼラチン質でプリプリに固まった
フォン ド ヴォーを見るのが楽しみです。
たまに、お買い求めいただきますが、「高い」とおっしゃる方と
美味しかったからまた下さいと おっしゃる方が居ます。
手間隙を考えると、自分が不当に利益を得ている気はしないのですが。


今年も、クリスマスが来る。
  1. 2008/12/14(日) 20:04:39|
  2. 料理
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ローストチキン

先日2人で食べ損ねていた、ローストチキンを食べる事にした。
(私は1羽完食しましたが)

若鶏は2800gの堂々としたもので、これを2人で食べようなんてかなり無謀・・・。
まず、先日と同じく全裸にして体中にラップを巻いて室内に放置プレイ。
完全に室温になったところで 更に残酷に縛り上げてドSの本領発揮・・・・。
ってとこまでは、同じなんですが今日はちゃんとした作り方を
まず、塩コショーなんですが縛る前に内臓を抜いた体の中に
ティースプーン1杯ぐらい(結構な量です)の塩とコショー少々を入れて
裸の彼女をシェイクして塩コショーを馴染ませます。

そこから、お楽しみの縛り?に入り、縛り終わったら
裸の胸にも足にも塩をすり込みます。
嬉しくても「どうだ、痛いか?ケケケ」などと言ってはいけません。
多分変質者として警察に電話をされると思います。
塩をすり込みますが、体にコショーは振りません。(焼き上がりが汚くなるからです)
仕上げにオイルプレイです、今日の日記はアダルトな日記になってしまいました。

さて焼き始めますが、オーブンの温度は200℃です。
一度焼いた天板に少しオイルをたらして、鶏の胸身の部分を下にして
15分焼きます、次に右の身を15分次に左の身を15分・・・・・。
焼いている間にジャガイモとニンニクを用意します。
昨日はmikaママから頂いた、<インカの目覚め>がありましたので
一人頭3個というこれも無謀な量を用意しました。
ジャガイモは一口大に、ニンニクは10片ぐらいを半分に切ります。
最後に背中の部分を下にして15分焼きますが
鶏の周りにジャガイモとニンニクで堤を作って焼いて下さい。
(かためて並べないとジャガイモやニンニクが焦げて苦くなります)

約1時間焼いた鶏は、自分で焼いたとは思えないくらい美味しそうです。
鶏は15分ぐらい、またまた放置プレイです。
(焼き立てをすぐ切ると、美味しいジュースが全部流れ出てしまいます)
鶏を休ませている間、ジャガイモの仕上げを。
塩をして天板の上で焼き汁と良く馴染ませます。
盛り付け用の大きな皿の真ん中に鶏を盛り、
周りにジャガイモを盛りつけて、あしらいにクレッソンなどがあると尚良いです。
天板の油を切り、水もしくはブイヨンなどを入れて
天板に付いたおこげを溶かしてソースにしますが、
別にきれいに焼けたのならソースはいりません。


「美味しそう」と彼女が言うので、「僕が焼いたから独立排他的に美味しいよ」と答える。
この返事は日によって「美味しそうじゃなくて美味しいんだ」と言う日と
「君が食べても、食べなくても美味しいんだ」と言う日がありますが。
でやっぱり美味しいローストチキンを食べ、芋を喰らい、サボワのお土産白ワインを飲み
(ルーセット ド サヴォワ) 幸福な一夜が始まりました。


昨夜は他にサプライズが、彼女からヴァシュラン・モン・ドールチーズのプレゼント。
非常に状態の良い物で、表皮をグラチネ用に剥ぎ取った処で
中身は何処も彼処もトロトロ、その酷い匂いとは裏腹な
豊潤な香りと味、パンに付けたりチキンのジャガイモに付けたりして
あっという間になくなりました。
〆に表皮をグラチネ(オーブンで焼き色を付けること)して
頂いたらワインが進みます。
<エピセアの香りがお嫌いなら、香りが強くなるのであまりお薦めしません>
生憎と2-3日前から食べすぎで、胃の調子が思わしくなかったので
泣く泣くワインを1本飲むのは諦めました。


流石に鶏1羽は余りました。
近々、棒々鶏になるらしい。
  1. 2008/12/10(水) 23:48:48|
  2. 料理
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我々は何処から来て何処に行くのか? 2

さて、昨日は我々の体がそこらへんにころがっている
ありきたりな元素で出来ているという話をしました
我々の体は決してレアメタル(希少金属)のイリジウムやニオブや
白金でできている訳ではありません。


自然は手近でありきたりでつまらない物質で我々を創造しました。
全能の神が最後に創造したにしては我々には欠陥が多すぎます、
多分神は疲れていたのでしょう。
と言うのは冗談ですが、神の介入は一切無くても
我々生き物は地球誕生から46億年、生命誕生から約40億年間
押し合いへし合いしながらも、何とか今日まで生き延びては来ました
地球の表面が全凍結した時も、全て火の海になった時も
工夫して何とか生き残ったのですが・・・・。

地球誕生からの歴史の長さを東京タワーの高さだとすると、
人類の出現は鉄塔の先の1円玉2枚分ぐらいの厚みの時間しかないのですが
新参者も新参者の我々なんですが、他の生物とは違い
我々は2本の腕を使って物を造り、火を操りテクノロジーを
発展させてきましたが その見返りとして
あっという間に地球の環境を変化させてしまいました。

藍藻が何億年もかけて地球を酸素で溢れる
大気にしたのと違い恐ろしい効率の良さです。
現在の地球の大気中には二酸化炭素は0.03%しか含まれていませんが
この数値が少しでも下がると地球は寒冷になり
少しでも上がると温暖になります、現に温暖化への道をまっしぐらです。
(二酸化炭素は熱を溜め込む性質があります)


今仮に、とても大きなピザでも良いし、パイでも良いですが
世界の人口67億人のみんなが食べて、他の生物に十分分け与えても
食べきれないぐらいな大きなピザがあると仮定します。
我々はみんなに平等に分け与えているのでしょうか?
ピザは十分にあるのに一部の働きもしない人間がそのほとんどを
自分達の物だと言って独り占めしています。


ランキングは以下の通り。(氏名、肩書き、損失額)

1.アニル・アンバニ(リライアンス・コミュニケーションズ会長) 325億米ドル(約3兆1000億円)
2.ラクシュミ・ミタル(インドの「鋼鉄王」) 305億米ドル(約2兆9000億円)
3.シェルドン・アデルソン(ラスベガス・サンズCEO) 300億米ドル(約2兆8600億円)
4.ムケシュ・アンバニ(リライアンス・ インダストリーズ会長、アニル アンバニの兄) 282億米ドル(約2兆6900億円)
5.ウォーレン・バフェット(米著名投資家) 136億米ドル(約1兆3000億円)
6.カーク・カーコリアン(米著名実業家) 130億米ドル(約1兆2400億円)
7.セルゲイ・ブリン、ラリー・ペイジ(グーグル共同創業者) 121億米ドル(約1兆1534億円)
8.ラリー・エリソン(オラクル社CEO) 60億米ドル(約5700億円)
9.スティーブ・バルマー(マイクロソフト社CEO) 51億米ドル(約4900億円)
10.エディ・ ランパード(米著名小売店 シアーズ会長) 50億米ドル(約4800億円)
11.サムナー・レッドストーン(ヴァイアコム、CBS会長) 40億米ドル(約3800億円)
12.ルパート・マードック(アメリカ ニューズ・コーポレーション会長) 40億米ドル(約3800億円)
13.ジェフ・ベゾス(アマゾンコムCEO) 36億米ドル(約3400億円)
14.ビル・ゲイツ(マイクロソフト社社長) 35億米ドル(約3300億円)
15.スティーブ・ジョブズ(アップル社CEO) 23億米ドル(約2200億円)
16.スティーヴ・ウィン(米国カジノ運営会社社長) 20億米ドル(約1900億円)
17.オレグ・デリパスカ(ロシアの企業家) 15.4億米ドル(約1468億円)
18.スティーブン・ シュワルツマン(ブラックストーン創業者) 14億米ドル(約1300億円)
19.マイケル・デル(デル社CEO) 14億米ドル(約1300億円)
20.ジェリー・ヤン(Yahoo!CEO) 8億米ドル(約760億円)



昨日のニュースの記事です。
今回の金融破綻で「あーあ大損した」と言っている人達の損失額です。
世界の人口の2%の人間が富の50%以上を所有して
貧困層の人間は世界の富の1%しか所有していない矛盾。
1日の生活費が150円以下の人達がなんと多いことか
今回の上位20人の損失だけで南の国々の飢えて、誰からも
救いの手を差し伸べられていない人達がおよそ2年は生き延びられるだろうに・・・・。


今世界中のあちらこちらで起きている紛争及び戦争の原因は
まず第一に貧困、それに伴う無学、飢えや公衆衛生の
低さから来るものがほとんどでしょう。
そこからの脱出を科学や民主主義に求めずに、偏狭なイデオロギーや
宗教に求めた一部の狂信者や狂信的な指導者達によって今日も
色々な国で死ななくても良い人達が、貧困と相手に対しての
寛容の無さから殺されています。


先日マザー・テレザの事を書きました。
私は神を信じたりはしませんが、彼女のような気持ちに
我々はもう少し近づいたら良いのではと思いました。
富の分配がもう少し上手く行けば良いのにと思います。
(金持ちが取りとめも無く金持ちになり、貧困がさらなる貧困や犯罪を生み出す
現在のシステムは見直す時期に来ているのではないだろうか?)


日本は難民の受け入れを一切していません。
ヨーロッパの国々は旧植民地からの難民、紛争地域からの
難民を相当数受け入れています。
確かに治安が悪くなるのも事実です、我々から見ると奇異な風習や
習慣などありますがそろそろ、受け入れる時期に来ているのでは無いのでしょうか。
できれば、恐ろしげな風習のまったく違う人が近所に居ず
平安に暮らしたい気持ちは誰でも同じですですが。



親も知らず生まれてきた私達生命、せめて隣人同士がもっと助け合って
生きていったら良いのにと願います。
何とかここまで、たどり着いた私達、これから何処へ行こうと言うのか?





最後に、
他の星の異星人といつまでもコンタクトできない、1つの理由として
高等生物はある程度文明を発達させると遅かれ早かれ
核爆弾や環境破壊などで自滅せざるを得ないので、
いつまで待っても銀色に輝く他の星からの外交使節団が
地球の上空には決して現れる事はないし、地球人が宇宙を旅して
他の星の文明人に遭遇する事もないという、憂鬱な研究がありますが・・・。
  1. 2008/12/01(月) 17:43:52|
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