シェフの戯言 黒いページ

リストランテ・ロアジのまわりで起きた様々な出来事を少し辛口につづってみました。

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つぎは何を食べよう?

昨日は、今回スペシャルフランスチーズの旅をして来たmika&mikaさんのお土産
幻のレシピーの復活チーズ”ル・クローン”
中世から18世紀までの最高品質のチーズ。
2000年に古い書物から偶然発見されて、2004年から試作を繰り返し
2005年に復活した幻のチーズ。を使った若鶏のグリル&温野菜。



若鶏に塩コショーして、皮をパリパリに焼いて、
熱々のソースをチーズフォンデュみたいに絡めて食べる。
思わず全員沈黙の、深い味わい。
ワインは、同じサヴォアのルーセット ドゥ サヴォア
私は決してお金持ちでは無いけど、毎日が贅沢と言うか
豊かな食生活をしているなーと実感しています。


温野菜のブロッコリー、アスパラガス、メークインも
尚更美味しく感じられて昨日も幸せな1日でした。


今日は今日でスタートは、こだわりのビーフカレー。
次のメインが かなり重たいから軽くしようと
少ししか食べないつもりでしたが、牛のホホ肉を2時間半煮込んで
出汁を取ったカレーは、思わずうなる美味しさ
カレーに合うお酒は無いので仕方なく水でしたが


メインの山羊のモンドールチーズ。
表皮は思わず顔をそむけたくなる、たんぱく質の分解臭(つまり悪臭)でしたが。
薄いオレンジ色の皮を削ると、中から象牙色の美味しそうな
モンドールが顔を出します。
表面の厚い皮も、剥ぎ取り後でグラチネするために取っておきます。
中から現れたのは、ネットリとクリーミーな美味しい部分
パリパリに焼いたバケットに乗せて食べます。
合わせたワインは、イタリアはシチリア島プラネタ社のラ・セグレタ
何気に開けた1本でしたが、このチーズがこのチーズらしくあるためには
この、1本と言うワインでした。
チーズを嚥下した後、すぐにワインを口に含むとたちまち広がる、味の2重奏。
改めて山羊の山羊らしいチーズの味がしました。
この夏めでたくソムリエ試験を受ける、Mika&Mikaさんに
ワインを歯茎で味わう裏技を、伝授する。
少し、お下品だけどよりワインの味が楽しめて 益々食事が楽しくなります。
飲んだり食べたり話したり、そろそろ味の変化をと
先ほどの皮の硬い部分を、サラマンドル(上火だけの高温のオーブン)で
ドロドロに焼き焦げ目を付けて、熱々をいただきました。


昼酒は楽しいのですが、一人で2分の1本も飲むと
世の中の事全てを、肯定してしまいたくなるほど駄目人間に
なってしまうのが嫌です。
いい加減飲んで。食べて。もうお腹ははちきれそうなのに
口から出る言葉は「今度は何食べる」?



幸福の中にいると、気が付かないもので
多分我々はとてつもなく幸せなんでしょう。
今日もご馳走様でした。
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  1. 2008/06/30(月) 17:26:07|
  2. 料理
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カタストロフ

ルイースの結婚式まで、毎日当ても無くナザレの町をぶらぶらする。
最初は楽しかったこの村もすぐに飽きてしまう 人間の性・・・・。

毎日毎日、炭焼き食べてヴィニョ・ヴェルデにすら飽きてしまいました。
明日は、ルイースの奥さんの村、ポルト市郊外の(かなりな距離がありましたが)
ヴィラ・レアルまで又北上という、最後の夜。
多分、よほど運がよくないとこの村にも来ないだろうと
プライヤ地区までケーブルカーで降りていって食事をした。


隣の席に座っていたのは、アメリカから来ていたファミリー。
おじいちゃん、おばあちゃん、その娘、ご主人
とっても可愛い2歳のマイケル君。
おじいちゃん、おばあちゃんは若い頃アメリカに
この村から移民して行ったそうで、初めてのお里帰り
お嬢さんは何とか、ポルトガル語を話せても
ご主人はドイツ系の方なので、話せないし
マイケル君はまったくのアメリカンである。
3時間近く、プアーな英語で色々話した
旅の楽しみは、つまるところ見知らぬ人との 
一期一会のお話しが一番好きである。
このファミリーには、もう二度と会うことも無いと思いましたが。
またいつか、お会いしましょうと笑ってさよならをした。
こうして、ナザレ最後の夜は更けて往くはずだったのに・・・・。


ベットに入ってしばらくして、
「トマ」?
「何」?。
「お腹痛くない」?。
「君も痛いの」?。
「うん、さっきから凄く痛いの」。
それから、明け方まで二人ともトイレが大の仲良しでした。
(運よくトイレは2箇所ありました。)
多分夕食で食べたアサリみたいな貝の、ワイン蒸しが何か臭うなと
思っては見た物の 気にせずに食べたのが運の尽き。
激痛と、中毒のせいか意識は朦朧としていました。


やがて、無慈悲にも朝が来て出発の時。
幾分痛みは治まりましたが、お腹を下すのは一向に良くならず
これから、300km以上どうやって運転してやろうかと
思案に暮れてしまいましたが とにかく出発。
30分も経たない内に、私の車が突然白煙を上げてストップ
警告灯はラジエーターの以上水温を知らせています。
何とか路肩に車を寄せて、ボンネットを開けて
ラジエーターのキャップをはずすと、沸騰した水が吹き上がります。
何んと、ラジエーターに一箇所穴が・・・・・。
後部座席から、ミネラルウォーターを出してとりあえず給水
水の落ちる速さを調べてみると、10秒間に1ccぐらい
つまり、1時間に360ccづつ減っていっています。
次のパーキングで、新たにミネラル大箱1ケース購入の後、トイレに駆け込む二人。
それから、なるだけポルトガルスピード(ゆっくり)で車を走らせ
30分に1回給水して、途中BMWのガレージを見つけたので
修理をお願いすると、部品を取り寄せるのに
1週間から、10日かかるとの事で諦めました。
(ここいら辺がラテンの国のラテンたる所ではあるが)



パーキング→トイレ、給水。パーキング→トイレ、給水を繰り返しながら
目的地のヴィア・レアルにたどり着いた時は、既に夜になっていました。
始まりは、あんなに楽しげだったポルトガルの旅も、さらに散々な旅となっていくのでした
  1. 2008/06/27(金) 13:58:47|
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ナザレで鰯を食べたり、遭難したり。

結局ポルトガルには10日も滞在しました。
リスボンの後は北上してルイスの故郷ナザレに
ナザレと言う町は、ナザレのイエスで有名な、イスラエルのナザレと
鰯の炭焼きで有名なポルトガルの、ナザレと言う町があります。

ポルトガルがEUに加盟するはるか以前の事ですから。
彼らが愛情と自虐を込めて、ヨーロッパの田舎と呼ぶだけあって
本当にどうしようもなく田舎でした。


高速道路で凄い匂いがするなと、思ったら体重300kgはありそうな豚君が
はねられて、昇天なさっているし。
しばらく、走っていると可愛いフェミーナ(お嬢さん)達が
ニコニコ笑って手を振るので、ベルギーでよくやる
オートストップ(あいのり、道で女の子が手を上げれば怪しくない限り
乗せてあげます)
かと思いきや、街娼だそうである。
ガールフレンドがいるにもかかわらず、非常に興味を持ったので
彼女達を買ったは、良いけど何処で用事を済ますのかと訊ねると
ボア(森)の中で、ナチュラルにソバージュに済ませるとの事でした。

それに、高速道路とは名ばかりで170kmで走っていると
突然とてつもない大穴が道に開いているので避けたり急ブレーキで止まったりと忙しい、
夜ともなれば餓鬼共がなぜか、全員無灯火でバイクを凄いスピードで走らせています。
2-3人危うく無垢のポルトゲーシ(ポルトガル人)を轢き殺すところでした。
そのたんびに、酷いフランス語で罵っていたら、ルイースが
段々怒り出して、トマは日本やベルギーが進んでいるから
ポルトガルを馬鹿にしているんだと、嘆き始める始末でした。
「そんなこと無いよ、ポルトガルは良い国だよ!これでポルトガル人が
いなければ最高だし文句も無いんだけど」。と言ったら
やっと笑ってくれました。


昼過ぎにやっとナザレに着いたのですが。
海辺の町は早くもシェスタ(昼寝)に入ったのかがらーんとしています。
その時いっしょに旅行をした、ガールフレンドはダイアナ妃によく似た美人なんですが
とにかくわがまま、特に空腹時になると とてつもなく機嫌がわるくなります。
早くも、車内は険悪な雰囲気になってしまいました。
でもそこは、地元の人間。ルイースがドアをガンガンと
叩いて知り合いの店のドアーをこじ開けました。


いきなり、「なんぼ食べるか」?と聞きます。
「なんぼって何を」?
「パ・ケスチョン」!。(聞くな)とか言われて
よく考えたら、メニューは鰯の炭焼きのみに近い
前菜を何か食べてなんてことは無く いきなりである。
「3匹」。と言ったら「お前は女か」?と言われました
男ならまずは、5匹は食べるとの事。
では、端から頼んでくれれば良かったのに・・・。

注文をするといきなり、来いと言われたので
彼女と付いていくと、レストランの厨房の中に
ずんずん入っていきます。
そこいらにあった物を勝手に、小皿に入れていきます。
私は、育ちの良い家庭に育ったのでとてもそんな
断りも無くあれこれ、勝手にカッパライみたいなマネはできないので
躊躇していると、ポルトガルのスタイルだと言うので
どこら辺にあった、オリーブだのチョリソーだのを皿に入れて、
ニコニコしながら席に戻りヴィニョ・ヴェルデを飲みながら
鰯が焼けるまで、おつまみを楽しみます。


先ほどまでは、熱帯性の低気圧で大荒れだった彼女の機嫌も
ヴィニョ・ヴェルデですっかり、良くなっていました。
鰯はフランス語で言う所のグロセル荒塩を振って
炭火でしっかり焼いてくれています。
辺りの磯の香りと、炭焼きの鰯の香りがやはり
宮崎の田舎を思い出させます。初めてなのに何故?
熱々の鰯にオリーブオイルとレモンをたっぷりかけて食べました。

とっても、美味しかったのですが、
できればカボスとお醤油で食べたかったのが、素直な気持ち。



昼過ぎからは、ルイースは結婚の準備が忙しいらしく
我々は放置プレイ。せっかく美人でグラマーな女性が
いるので一緒に泳ごうと言う事になったのですが、
つい、2週間前に楽しんだリビエラや、コートダジュールに
比べると(比べたらいけないのでしょうが)設備が悪すぎる
ビーチのチェアーも無いし、砂浜が土も混じっていて早くも
ドロドロ、体をきれいにしようと勇んで海に飛び込んだ。

つい、2週間前にいたニースの海は地中海の暖かい水で、2時間
水に浸かっていても別になんとも無かったが。

冷たい。本当に冷たい。心臓麻痺でもしそうなぐらい冷たい。
真夏のオステンド(ベルギーの海岸、北海に面している)の海に飛び込んだのと同じ感覚。
海はニースと同じで、いきなり深くなっているし
寒さと、準備運動不足で体が固まり動かない
なんと、私は溺れ始めていた 何とか底まで沈み
底を蹴って水面に浮かび事なきを得ましたが・・・・。
それから、寒くてそのまま砂浜に横になっていたら
なんでも、全身が凄く痒くなるダニがいたみたいで
彼女と二人で薬局に行ってみたけど、英語、フランス語、オランダ語
日本語以外はトンチンカンな我々は症状を説明もできず
全身が赤くみみず腫れを起こしてしまった。


渋々ルイースが探してくれた、シティオ地区のレンタル別荘へ
(ナザレは漁師の村のプライア地区と丘の上のシティオ地区に分かれます
二つの地区の連絡はケーブルカーか徒歩で山登りです)
こんな家に一度は住んでみたいと思えるぐらい素晴らしい
広さと設備、何よりその絶景が素晴らしい。


続きは明日・・・・。
  1. 2008/06/26(木) 02:16:46|
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石のスープ 2

さて、次の日はカスカイスへ。
世界的に有名なリゾート地なんですが、
お金持ち以外来なくてもいいです見たいなとこがあり
モナコ、ニース、カンヌ、ビアリッツ、ローザンヌなどと同じ
感じがしたのは、貧乏人の私だけ・・・・・?

その先にロカ岬と言うのがあって、何んとここがユーラシア大陸最西端
お金を払えば、最西端を訪れた証明書を発行してくれます。
楽しみにしていたのですが、ポルトガルと言う国は
両親の田舎の宮崎によく似ていて、海が西にあるか東にあるか
ぐらいの差しか感じなかった。
食べる物と言えば、浅蜊に似た貝のワイン蒸しだの、
名物鰯の丸焼きなんぞは、レモンとオリーブオイルが
かぼすと酢橘に変わるぐらいで、何の変化も感じませんでした。


変わった所で、今回のタイトル[Sopa de pedora]石のスープと言うのがあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%97

http://homepage2.nifty.com/~castanha/legend4.htm
話しには、聞いていたのですが本当に
スープの中に石が入っていました。
ゲストが間違って齧って歯でも折ったら
たちまち、訴訟騒ぎになるのにと心配しました。
豆と、豚の耳、チョリソーと、野菜がたっぷり入ったスープです。
材料は何を入れても良いそうです。


民話は後ひとつあり、石でスープを作ると大見得を切るところまでは
一緒なんですが、旅人だか修道士だかが美味しいスープをみんなに振舞うから
家から何でも良いから、食材を一品持ってきておくれと、お願いして
村人が次々と食材を大鍋に投げ込んで、旅人の順番が来ると
何も持っていない旅人は、隠し持っていた石を鍋に放り込んで
難を逃れて美味しいスープにもありつけたと言うお話しです。
本格的に作りたいならブーダンノアール(血液の黒いブーダン)も
入れると良いでしょう。


とっとっ突然の睡魔が、襲ってきたので続きは明日。
  1. 2008/06/25(水) 02:12:02|
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 石のスープ 1 

ポルトガルのリスボンに着いたときは、夕暮れ時。
テージョ河に架かる巨大な、ヨーロッパ最大のつり橋を
(4月25日橋と言います。初めはサラザール橋と呼ばれていましたが
無血革命を記念して名前を変えたそうです)
渡る頃は、壮大な夕陽が大西洋に沈み。
夕焼けが辺りを包み回りの全てがオレンジ色
いっしょに、旅行したガールフレンドに
「私にこれが見せたかったのでしょう」?と思わず株を上げてしまいました。
私の生涯の夕焼けベストファイブに、入る素晴らしさ。


陽もどっぷり暮れた頃、予約していたホテル・ディプロマティコに到着。
私の車が、その時は外交官プレートだったので
「デプロマティコ」?(外交官ですか)と聞かれたので
「シイ」(はい)と答えたら勝手にお部屋のランクを上げてくれて
ポルトガルってなんて良い国なんだろうと思いました。
(それが後でとんでもない事になるとは思いませんでした)


服を着替えて早速辺りを散策と言うか、何か美味い物を食べようと
うろつく。
その時ポルトガルに行ったのは、親友のルイースの
結婚式に出席するためで、夏のバカンスを利用しての
1ヶ月のドライブ旅行。
すでに、パリ、ニース、モナコ、ジェノバ、マルセイユ、
バルセローナ、サラゴサ、リスボンととてつもない距離を
くるまを転がしていました。
この日も朝の6時にリスボンを出発して12時間、約700kmの長旅でした。
「あの夕陽はきれいだったよね」先ほどの興奮が冷め遣らない
二人は気もそぞろ・・・・。


ルイース情報では、この時期は石蟹(イチョウ蟹)が美味しいからぜひ食べろと、
言う事でしたので、ムキになって暫しうろつく
ポルトガルは、長崎や神戸や函館(まだ行った事はありませんが)と
同じで坂の多い街です。
それに、路面電車網が発達しているのは良いのですが
人が一人歩く歩道の幅がぎりぎりで後は、路面電車がやっと通れる
ような狭い道も沢山ありますので、わざわざポルトガルまで行って
路面電車に轢かれて死んだりしないように、注意して下さい。


リスボンの何処なのか、今では憶えていませんが
賑やかな飲食店の立ち並ぶ、通りがあったので
一番きれいで流行っている店に入る。
こちらが、ポルトガル語を話そうが話すまいが、お構い無しに、ペラペラと
この方口にオリーブオイルでも塗っているのではないかと
思えるぐらいよくしゃべる。
とにかく、わけが解らんので両手で蟹のはさみの形を作り
チョキチョキとして見せたら、解ったとうなずくので待つ事暫し・・・・。
まず、髭でもそりますかと聞かれそうな巨大なナプキンを
首に巻かれていると、
子供のお風呂用の洗面器ぐらいのごっつい蟹が現れる!
めいめいに人でも殺せそうな木槌とまな板が渡される。
要するに蟹をばらして、まな板の上に乗せて
木槌で叩き割って食べろと言う事らしい。
そういえば、店のあちらこちらで盛大にパーカッションが聞こえています。
ガンガンパキ!、ガンガンパキ!口も聞かずに蟹の解体と咀嚼に耽る。
この蟹、二人で1杯を食べるのですが別にサラダを食べて
ポルトガル名物”ヴィニョ・ヴェルダ”(緑ワインと言う、緑かかった白ワイン)
でもいただくと、お腹はいっぱいです。

最後に甲羅の味噌を白ワインで溶いてすすめてくれましたが
スープのような、塩味のワインのような、不思議に美味しい味でした。


このお話しもシリーズ物に・・・・。
  1. 2008/06/23(月) 16:53:15|
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雨が降ります、雨が降る。

雨が降ります雨が降る 遊びに行きたしかさはなし 
   紅緒のかっこも緒がきれた
 
雨が降ります雨が降る いやでもおうちで遊びましょう
   千代紙折りましょうたたみましょう
 
雨が降ります雨が降る けんけん子きじが今ないた
   子きじも寒かろさびしかろ
 
雨が降ります雨が降る お人形寝かせどまだやまむ
   お線香花火もみなたいた
 
雨が降ります雨が降る 昼も降る降る夜も降る
   雨が降ります雨が降る

と、言う事で昼も夜も生ゴミをしていました。
書く事がないと言うか、物を考え文章を紡ぐ気力が無いのである。
このまま、腐り果てたくは無いので 精神のリハビリである。


お酒を飲み始めたのは、高校生の時でした
私が通っていた学校はバレーボールが強いと言うか
私達のころ、強くなり始めた。
4年、後輩は全国万年2位(全国優勝は1度もできませんでした
いつも、決勝戦は神奈川県の藤沢高校とフルセットのバトルをやって
一度も勝てませんでした)
春高バレー、インターハイ、国体等は常に代表チームでその分
練習はとてつもなく長く辛くかった。
今考えれば謹慎、退学ものでしょうが大きな大会の後、
反省会と称して私の家で飲んで熱く青春を語っていました。


高校2年の夏休みに、中学の時のバレーの恩師が今夜宿直で一人だから
焼肉をご馳走するから7時過ぎに来るようにと私一人お誘いを受けた。
食べ盛りの若者が(どれだけ食べても体脂肪率は多分5%以下でした)焼肉と言われて行かない訳が無く、
つい二年前までは学ランを着て通っていた中学の宿直室にお邪魔した。


なんだか、とっても良いお肉が山と積まれて 
まるで私は、パブロフの犬状態。
先生なぜかとっても、気を利かして私の為にビールを用意して下さった。
それも、大瓶。それも、1ケース。つまり、20本。
「トマースならこれぐらい、軽いだろう」。と言う事で
怒涛の母校の宿直室焼肉パーティが始まりました。
先生「とうきび焼酎」を脇に抱えて、ご自分はちびちびやりながら
私には、飲め飲め!とすすめて下さる。
宿直室も燃えよと言わんばかりの盛大な焼肉も非常に美味しかったし
ビールが美味しくて美味しくて・・・・。


気が付けば早くも大瓶5本が空になり、酒飲みの嫌らしさは
後15本もあるでは無く、後15本しかないと思うから意地汚い。
先生に説教をされたり、先生に議論を吹っかけたり
青春期の不安定な人格を、正常な状態に形成するのには
本当にとても良い『先生』でした。
ただ、話し出すと長い、とても長い。
私は、ビールで水分補給ばかりするので、生理現象が始まり
中学校の暗い不気味な廊下を50mばっかり歩いて、用を足しに行く。
お肉は美味しい、さらにビールが美味い、話が弾む、トイレに10分毎に通う。
先生そのたんびに、話を中断されるのがお気に召さなかったらしく
何度目かの中座に立とうとしたら
「トーマス」。
「ハイ何か」?。
「気にしないから、そこで済ませなさい」。
宿直室の横の窓は、中庭に面していて、先生のありがたい話を
聞きながら、師に背を向けて用を足せと?・・・・・?。
「先生、明日匂いますよ」。
「雨が降っているから気にするな」との事
『3尺下がって師の影を踏まず』のはずなのに、
背を向けて用を足しながら、
先生のお話に返事をするなどと罰当たりな事でした



その頃には、先生も私もかなりのハイテンションで
何故か、いっしょに「リリーマルレーン」を歌いました。
キンキンに冷えた大瓶のビールは約4時間で20本全て
私一人で飲み干しました。
約12分に一本のペース、我ながら呆れます。
帰り道 雨の中を傘を差して、良い気持ちで歩いて帰りました。
「アメガフリマス、アメガフル・・・・」。


生まれて初めての快酔。
あれから、沢山の水がミラボー橋の下を流れていきました。
甲斐 邦一先生はある日、私と同じ病気で窒息、
儚くなって彼岸の彼方に旅立たれました。



そのニュースが知らされた時、私はボース平原のシャルトルと言う町で
毎日ただアップアップしているのが精一杯でした。 
  1. 2008/06/22(日) 23:38:36|
  2. 昔々
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SALON '82 2

用意してあった、3本の紹興酒もあっという間に沈没・・・・。
さて、次は何を飲みますか?
先日の、悪夢が蘇る(5月21日の日記「めまい」を参照)


3分間の協議の結果、赤ワインと言う事になりました。
で、物は?ラ スピネッタ社のガッリーナ・バルベーラ・ダルバ2004年
スピネッタ社は作り手としては、かなりのお気に入り
まだまだ、若いとは思いましたが十分美味しい
願わくばあと7-8年優しくセラーに寝かせてやった方がいいでしょう。
(帰りにマリーさん私のD-バックにそっと1本ねじ込んでくれましたが)


ワインが広がるのを待ちながら、お料理は鮑の蒸し物オイスターソース
若干蒸しが足りなくて(スペアリブもそうでしたけど
あまり歯の丈夫ではない私には少し辛いかな?
でも、お味はドンピシャの味です。

ここで、話題はいい年こいた独身男性3名の結婚に対する物の考え方
と女性の好みについての、哲学的考察・・・・・。
は、しませんでしたが与太話が炸裂。
中州のお姉さんに借金を(それも300万円)する方法とか・・・。
普段はしないシモネタの類の話しも色々。


そうしているうちに、本日これが食べたかったので
リクエストしたと言う”麻婆豆腐”のお出まし それも2品
まず「赤」。赤と言うのは辛油の色の事で
麻婆の上に広がる真紅の海。
一口食べるとたちまち地獄へ逆落とし。
『かっかっ辛い』。しかし美味しいでも辛い。
ご飯を少しいただいて、麻婆丼にしたらちょうど程よい
(それでも随分辛いけど)辛さになりました。


あまりの辛さに赤ワインは少しお休みして、またぞろ紹興酒に逆戻り
マウイ島のお土産紹興酒もすでにありません。
〆のチャーハン用のご飯もあっという間に無くなり
こいつら、どんな食欲しているのかと自分の事は棚に上げて
がつがつ食べていました。
次に「黒」。黒と言うのは黒ゴマペーストの黒です。
先ほどの赤が激情の赤なら、こちらの黒は沈黙の黒です。
皆さん沈黙で召し上がっています。
『赤と黒』なので「スタンダールがお好きなのですか」?と聞いたけど
何のことやら、キョトンとされたので「いえ何でもありません」。と答えました。


さらに、チャーハン2品、赤ワインをさらに1本。
食後のココナッツミルク添えの杏仁豆腐を頂いて
コーヒー、さらに食後のスイートなシェリーをグラスに1杯
全て美味しく頂いて時計を見れば 22時過ぎ


「かぼちゃの馬車が迎えに来るので、そろそろお暇を」。
なんと7時間延々、食べ続けて、飲み続けて、話し続けて
今日もほんとに幸せでした。


帰りの、タクシーの中の寂寥感。
楽しい事は、すぐに終わってしまう。
又次の機会まで、ひたすら待つ、キャプテンの素敵なお家で
食事をする事は二度とないけど、定年退職したら
福岡に永住したいとのこと(随分先だけど)だから

又、呼んで下さい。
  1. 2008/06/18(水) 00:19:47|
  2. 友人
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SALON '82

昨日は、雨なのに一昨日に続いて・・・・ランチ・・・・本当に・・・・よく入る。
仕舞いには私の尊敬する方まで予約も無く突然いらしていただいて。
我がパニックはピークを迎える。
いくらスタンバイをばっちりしていても、
私一人で満席近くは回りません。

最後の4名様のお客様は、席はご用意できても
いたずらに先にいらしていただいた、
お客様のストレスを増やすだけと判断して
お断りさせていただきました。

そうこうしているうちに、14時30分になる。
何とか片付けを終わらせる。
キャプテンのBMWが迎えに来る。
今日でキャプテンの家で楽しく食事するのも最後・・・・。
7月の頭には、東京に栄転するらしい。
本人はこんなの栄転なんかじゃない、僕は福岡で暮らしていたいと悲しんでいるが。



とにかく、お別れ会をしましょうと言う事になってみんなで集まった。
今日はムッシュー(私のこと)はお休みしててと、
中華の名人に出張サービスを頼んだとの事。家庭の弱い火力で
如何にして美味しい中華を作るかが、とても気になりました。
初めは’92年のシャンパーニュ(めがねを忘れてラベルが読めませんでした)
基本的にノンヴィンテージの生娘みたいなシャンパーニュが好きなんですが
女性でたとえると、色々な経験を重ねて、まだ汚れを知らないような
こんな熟成されたシャンパーニュも中々美味しい。
最初の一品目は大根をくりぬいてその中に、乾し貝柱、クコの実を入れて
3時間ほど蒸したスープ。
けっこうなお味で今日の食事に夢が膨らみます。


始めのシャンパーニュは、あっという間にお陀仏。
二品目はあらかぶの(かさご)唐揚、山椒ソース
しっかりと骨も頭も揚げられていてポリポリ、バリバリと美味しい
食感と、身のほうは外はパリッと中はしっとりの二つの食感のハーモニー。
ここで、本日のメインのシャンパーニュSALON '82年を開ける。
通常シャンパーニュは、複数の年のワインを調合して作られるので
ラベルに製造年度は表記されませんが
とびぬけて、ぶどうのできの良い年に限って、単一年度の表記が許されます。
これを、ミレジメ(Champagne Milleseme)。
ヴィンテージ シャンパーニュと呼びます。
中でも、SALONはヴィンテージ シャンパーニュしか作りません
つまり、葡萄が不作の年は作らないということです。
中でも'82年はかなりの出来で好事家の垂涎の的となっています。

今から26年前は、何をしていましたか?
もう生まれていましたか?
四分の一世紀、人生の約三分の一・・・・。
恐る恐る抜栓をする。内部のガスはまだしっかり封じ込められています。
グラスに注ぐ、シャンパーニュ独自のきめの細かい泡が溢れる。
グラスに注いだその色は、先ほどのシャンパーニュが16年
色は小麦色に変化していましたが サロンは、褐色に色づいています。
女性で例えるなら 深窓の令嬢みたいな、できのよいシェリー酒の
味わい。
いつも思いますが、食べる物、飲むもの他。芸術的要素を含むものの
表現にはいつも、言葉の限界を感じます。


口に含むと26年の歳月が一瞬に流れる、26年前私は・・・・。
お年が知れるので止めましょう。
一つ一つのワインがそれぞれ素晴らしく、甲乙をつけるのも
おかしな話ですが、多分生涯で最良の1本のワインのひとつ。
高級シャンパーニュと言えば、猫も杓子も
「ドン・ペリニョン」と言う事になっていますが

それは、それで構いませんが上には上がありますね。
ポメリー社のキュべ ルイーズ ロゼ'88年、
テタンジェ社のコント ド シャンパーニュ'93年などを
飲んだ時も、かなり感動しましたが、これは全く予想をはるかに
裏切る美味しさ、今日まで生きていた事に感謝する。
『生きていて良かった、では無く、死んでいなくて良かったと』。

今日のメンバーは6名、キャプテンの奥さんのマリーさん
ご存知竹林さん、お金持ち2人の税務を担当する税理士さん
私、中華名人、キャプテン。
本当は弊社のmika&mikaもリストには入っていたのですが
フランスにいたのでは、出席は叶わぬ夢となりました。
(SALONNは飲ませてあげたかった)
後私が知らない方、2名(急遽欠席となりました)
今のところ利害関係が全く無い。
仕事も 方やパイロット、方や不良企業の再建屋さん、
税理士さん、ジャンル違いの料理人2人。


色々な話しに花が咲き、とても楽しい。
3品目は、さい巻き海老のオーロラソース
揚げ物が2品続きましたが、十分に油の処理もよく
軽い味わいで、まったく苦にならず
あくまで、個人的好みを言えばオーロラソースには
洋食の定番通り、タバスコなんぞを入れてもらえるとよりよいかと。


ここで、中華と言う事で紹興酒、(それも老酒花彫のもの)17年物だの
15年物だのとすごい数字が並ぶ。
彼らは、今週末からハワイはマウイ島に10日間のお別れ
ウインドーサーフィン旅行行くらしくて
その話しで持ちきり、これとこれはマウイで飲むとキープに
かかっていたが・・・・・。


4品目は、豚のスペアリブの豆鼓蒸。
昔、ベルギーにいるころ毎週1度は同じ中華料理屋さんに行って、
この料理を必ず食べた。
彼らはシンガポールの華僑だったので、南方系のプリッキーヌ
(とても辛い青唐辛子)が効いていて、激辛でとても好きな料理です。


今日のスペアリブは北京スタイルで穏やかな美味しさ。
紹興酒が進む進む。


とっても長くなりますので、今日はここまで。
  1. 2008/06/17(火) 11:33:30|
  2. 友人
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すっぽん騒動記 2

ご注意!
本日の日記は一部にスプラッターな表現がありますので
血の気に弱い方は、注意して呼んでください。 


 また、やっちまったよ・・・・・。
何かに付けて安請け合いをして、後悔するのが私の悪い癖。

さて、当日はお一人様ワイン込み税込みで¥26250の予算
40名限定さてどうする?
海亀なんぞはどこからも手に入らないし・・・・・。

どうあがいても、無い物は無い
そう言えば昔、箱根の小田急ホテルに居た時、一度すっぽんのコンソメを
作ったことがあったのですっぽんで代用する事にして
みなさまに、お断りの電話を入れたら全然問題ありませんとの事


こうして海亀改めすっぽんのコンソメ”レディー・カーソンを作る事になった。
まず1日目、丸の地鶏を5羽仕入れるクプレット(調理用の鉈です)で
ぶつ切りにする。
水に晒して、血合いを完全に取り除く。
で・・・・。水、香味野菜、タイム、ローリエを入れてまず、鶏のだしを取る。
一度煮立ったら、アクを丁寧に引き、表面が軽く踊るぐらいの
火加減で約10時間コトコトと煮込んで出汁をとります。
初日はここまでである。



その日の午前中に哀れなすっぽん君達は、魚屋さんから10枚
(すっぽんは、枚、丸、杯で数えるらしい何故か?)
届けられて、丈夫な網に入れてダンボールに入れられています。


さっそく、馬鹿弟子達がシンクに水を入れて
泳がせて遊びたいとのリクエストでしたが、
明日、自分達が手にかけるのだから、命で遊ばないようにと
きつくたしなめられる。
まったく、何を考えているのやら。


それに、こいつらすっぽんにびびる事、間抜けなそうなのろまの亀に比べて
動きはかなり俊敏です、臆病な性格と凶暴な性格が
半分半分と言ったところでしょうか?
ちゃんと、馬鹿弟子達には伝えてありましたが脱走の名人なんです。
この事が、後に非常にややこしい問題になります。
その日は、口頭で卸し方を教えて 調理場のスタッフ全員に
イメージトレーニングをしてくるように伝えました。


私が帰った後、誰かが亀と遊んだらしい
厳重に網に入れられ、ダメ押しでダンボールに入れて帰りましたと
空々しい大嘘を付いていましたが、もしその話しが本当なら
我々がすっぽんだと思っていたのは、すっぽんに化けた
引田天功を仕入れてしまったとしか思えません。


10枚全部朝には、脱走していました。
怒り狂いたい気持ちを抑えて、すっぽん様の捜索です。
キッチンの冷蔵庫下で2枚、宴会場で3枚、洗い場で2枚は発見
救出されたのですが、3枚がどうしても見つかりません、
前日の亀と遊んだであろう、遅番スタッフは
ジョージワシントンの話しをしても、私が遊びましたとは
正直に言ってこないので、臨時すっぽん捜索隊に
任命して引き続き探させました。


中習いのコックは8人居たので、私がデモンストレーションで
2枚後は、各1枚づつ練習です。
ちゃんと、真摯な気持ちで自分の宗教にのっとり
手を合わせてから、卸します。
左手に軍手をして、(もし、噛み付かれてもパニックにならないように)
右手には良く切れる出刃包丁を持ち、深呼吸をしたら1枚の
すっぽんをまな板の上に逆さまにして置きます。


この時、首の届く範囲内をぼやっと持っていると
いきなり、あなたの想像以上に、まるでろくろ首みたいに
するすると首が伸びてきて、あなたに何の断りも無く
いきなり、がぶっときます。
ここで、パニックになって手を振り回すと 肉がちぎれる場合がありますから
横のシンクに水を入れておき、すっぽん様を静かに浸けると大抵は
おとなしく放してくれます。


さて、まな板の上のすっぽん君は何とか逃げ出そうと
起き上がろうと首をのばして、ひっくり返ろうと試みます。
その時です、左手で首を掴みます。
そうしておいてアシストのスタッフに甲羅を持って引っ張ってもらいます
首が十分伸びた所で、スペインの闘牛用語で言う処の
慈悲の一突きじゃなかった慈悲の一刎ね。
こうして上げないと、すっぽんが苦しむだけです。
(それでも、切り落とした首は5分ぐらいは噛み付きますし
首だけで30分近くは生きています。)
一刀両断で首を落として、赤ワインを入れたグラスに
生血をいれて飲みたい人には飲ませてあげました。
牡のすっぽんは、なぜか首を切り落とされているのに 突然
自分の生殖器を、勃起させて射精に及ぶのがいますが何故?


我々は、普段あまりにも何気なく、知らないところで命を奪って
自分の生を永らえているのに、
他の何かの命の犠牲の上に 毎日の生活を維持しているのに


「いただきます」。
その言葉の意味を考えさせるのには良い機会です。
(血を見て貧血を起こした男性スタッフが2名おりましたが)


で・・・・。(随分割愛しています)最後には一口大に切ってお仕舞い。
3枚のすっぽんはその日も、次の日も発見されませんでした。
急遽追加発注して、事なきを得ました。


イヴェントは大成功で、喝采を浴びました。



3ヵ月後、宴会場の組み立て式の舞台の下でミイラになった
3枚のすっぽんの死骸が発見されました。
地下のメインキッチンから、エレべーターに乗るか
階段を随分降りないと亀の足では下りれません。
いったい、どうやって降りていったのでしょう?
  1. 2008/06/16(月) 02:14:50|
  2. 食材
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すっぽん騒動記

私の祖母は明治生まれの人でした、ご主人(つまり私の祖父)が
帝國海軍の軍人だったので ハイカラな物を好み
躾も何もかも帝國海軍方式だったのであるが。

しかし、こと食べる物にかけては徹底的な国粋主義者で、和食しか作らなかった。
それから、特筆すべき事に肉食を一切しない人でした。

ある時、母の具合が悪くなり1週間ほど入院したのですが
その時祖母が、家事を手伝いに来てくれて
毎日の如く、煮〆だの 焼き魚ばかりなので すっかり飽きてしまい
お肉が食べたかったので ある日、兄にカレーが食べたいと言わせた。


私がものすごく悪い子供でしたので、うっかり私が
カレーが食べたいとでも言おう物なら きっと
「男が食べる物の事をゴチャゴチャ言うな」。と一喝されてお仕舞いです。

我ら悪孫の工作に引っかかり、祖母は渋々カレーを作ってくれました
その日の夜は、あこがれのカレーの香りが食堂を包みます。
美味しいけど、母の作ったカレーとは何か一味違います。
人参も、玉葱も、ジャガイモも、お肉ですら皿のあちらこちらに
見え隠れしています。


やった!お肉だ!!!!。
一口がぶっと食べたら?????。
確かにお肉だけど何か変だし、心なしかお醤油の味が
「ばあちゃんこの肉は何の肉」?と訊ねれば
「たぬきの肉だと」答えた。
へーたぬきか田舎の人は変わった肉を食べるんだなーと思いましたが
後で兄が台所のゴミの中に、赤貝の醤油煮の缶を発見しました。
あの肉は、たぬきじゃないぞ貝の缶詰だぞと教えてくれました。

つまり、祖母は肉を見るのもまして、触るのも嫌なのでした。
肉を煮た鍋で野菜を煮るのも嫌みたいでした。
彼女にとっては、鶏も豚も牛も全て肉食許すまじなのです。


それから、随分たって田舎に帰省した時、夕方でしたが既に
何やら一大ページェントが執り行われていました。
大鍋で煮た正体不明な動物の肉をみんなでワイワイ言いながら飽食に耽っています。
肉の塊の大きさからして、かなり巨大な生物です。
特筆する事になんと、あの祖母がお肉を食べているではありませんか
普段から 孫には好き嫌いはするな何でもありがたく頂けと
念仏の如く吹き込む祖母が、肉は食べない
完全に自己矛盾した明治の女のはずなのに。


ばあちゃんもちゃんと、お肉を食べれるようになったんだと
孫達からお褒めの言葉をいただいたのですが。
「わたしゃー亀の肉なら食べる」。
ゲゲーさてはあの肉は、海亀・・・・・。


このお話しは海亀が保護動物になるはるか以前のお話しです。
決して、宮崎県の延岡市北浦町(旧北浦村)の人々が夜な夜な
哀れな海亀君たちを、密殺して宴会をしているわけではありません。


海亀の味は、今で言うコラーゲン豊かで味わい深く
とても美味しいと思いました。
食べた後で、口の回りがゼラチンでベトベトして
何故指が顔にくっつくのかは 解りませんでしたが
次の日の朝、常温なのに鍋のお汁とお肉は完全に
カチンカチンに固まっていました。


後年私が料理を始めたころは、ワシントン条約で管理が
とんでもなく厳しくなりましたので、一部を除いて
市場に海亀の肉が出回る事はなくなりました。




”スープ レディ・カーソン”なる美味なるスープがある
と言うかあった。
海亀のコンソメに、海亀のクネルを浮き身にして
カレー風味の掻き立てた生クリームを浮かべて
表面に焼き色を付けたコンソメ

これが、美味しい。
死ぬほど・・・・・。


ある夜、食事会の与太話でこの、スープ レディ・カーソンが
いかにおいしいかと言う 法螺話(美味しいのは本当ですが)を
していたら、本当に食べたいとみんなが言い出して
通常ここで、話しが海亀を取ってきたら作りましょう で終わるのですが。
金に糸目は付けない輩が、本当に作れと言う事になって。


話しが長くなりそうなので 続きます。
チャオ!
  1. 2008/06/14(土) 22:21:34|
  2. 料理
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ポレンタなど・・・・。

年下の友人がお友達と食事に来てくれた。
フランス語堪能のなかなかナイスなガイである。

メインは魚介料理と言う事で
ガンべり アル フォルノ(海老のオーブン焼き)のポレンタ添え。
ポレンタは、イタリア版のコーンミールです。
たまに食べると本当に美味しい!
できたての熱々にアンチョビー風味のトマトソースをたらして
食べると 安くても美味しい物のかなり上位に来そうな感じがします。


昔、イタリアで働いていた時10日に一度は賄いで出てきて
最初の日はできたてを、いただいて。
次の日はグリルしたものをいただいて。
最後は揚げた物をいただく。
その頃にはうんざりして 大抵見たくもなくなるのですが。


フランスにいる頃は似た様なもので、ランティーユ(レンズ豆)とか
ポンム ピューレ(マッシュポテト)などがあります。
サイドメニューのポンム・フリット(揚げ芋)は大抵その日に奪い合いで残りませんでした。
これらの、共通した副食の特徴は大抵皿から はみ出すように
センスも何にも無く コテコテのてんこ盛りにしてあります・・・・。



賄いの時間になりテーブルに着くと 既に芋だの。豆だのが
うず高く盛られている。
みんなはニヤニヤしながら、私がテーブルに着くのを見ている。
皿に取った物は残せない(当たり前の話ではありますが)店でしたので
あきらかにこれは、日本人虐めです。
何とか食べると、隙を見てまた入れられます。
ある日 頭に来て、一度皿を見ている前で
テーブルにぶちまけてやったら、二度とされなくなりました。

今考えても、恥ずかしい事です。
メインのサイドメニューを食べると
いまでも、恥ずかしい思い出がフラッシュバックします。


サイドメニューではありませんが、パエリアもきつい思い出です。
シャルトルのレストランは、鴨料理がスペシャルメニューに5品も
あるくらい、有名なんですが
鴨を掃除すると、首の部分の皮と骨が出ます。
(さすがに頭は捨てていましたが)
皮と首は無造作にブリキのバケツに放り込まれてストックされます。
1週間から10日で、バケツ3ばいぐらいになります。

すると、店のご主人今夜はパエリアだと叫びます。
その日の早上がりの 見習いが下ごしらえはして帰りますが・・・。
10日前の鴨の皮と首は殆ど食べ物の様子は呈していません。
1度水で煮出してから、流水でさらして小さく刻みますが
発酵臭というより あきらかに腐敗臭しかしません。

賄いのパエリアですから、もちろんサフランなんぞが入って
いる訳も無くサラダオイルで玉葱を炒めて
インディカ米を山ほど入れて、さらにご飯が見えないぐらい
鴨の屑身で全体を覆いつくす、手の込みよう さすがです。
あたり一面に漂う、地獄の香りまさかこれを食べろと言うのか?


一口食ってそのままトイレに行ってリバースしました。
次からはご飯だけしか食べませんでした。
そのパエリアは私が勤めた1年で12回以上出てきました
あんな、賄を従業員に食わして平気なご主人と言うと


「私にはフィレ肉を焼いてくれ」と言われたので焼きました。


私は若く貧しかった。
  1. 2008/06/13(金) 18:37:17|
  2. 食材
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男独りのシックな夕食

仕事が終わり、私の夜が始まる。

現在私の部屋には、テレビが無い。
引越のついでに処分してしまった、
今巷では地デジだハイビジョンだ
液晶テレビだと 賑やかな事ではあるが
当分私には縁もゆかりもない話。

テレビは無くても全く平気なのは良く解りましたが
本は読む。無人島に流されてみたいと思いますが
本が読めないことに気付き、本といっしょに流されてみたい
と思えるようになった私。
(今よりもっと若い頃だったら、もちろん背の高い
3ヶ国語以上話せるグラマーな東洋系の美人でしょう。
無人島だから3ヶ国語は別にこだわりませんが)


冗談はさておき、本は読みたいし、食事は基本1日に1回だけですから
できれば、おつまみと食事がいっしょになった様な
中途半端な食べ物がありがたい。


前回同じタイトルで日記を書いた時は確か”パエリア”だったような。
で・・・今日は何を食べるのか?
とりあえず、ドライ・マティニーは作ったから
イタリアンサラミなんぞを食べつつ考える。
カラカラに乾いた喉に、ドライ・マティニーが沁みます。


で、面倒くさいのでピッッアにする事にした。
今日はアンチョビー風味のマルゲリータ。


強力粉150g、ドライイースト2g、EVオリーブオイル大匙1
塩少々、ぬるま湯70ccをボールに入れてよくこねる
面倒ならこねなくても良いけど、もちっとした食感は諦めて下さい。
10分ほどこねると、ボールをかぶせて休ませる。
ボールに入れるとラップが無駄になるので、生地にボールをかぶせる。


生地を休ませている間、ソースを・・・・。
オリーブオイル(もちろんバージン)でニンニクのみじん切りを
低温で炒めて十分香りを出す。
色が付き始めたらアンチョビーの
フィレを3本ほど入れほぐす トマト缶を潰して入れて15分間だけ煮る


あなたの持っている料理の本には2時間オーブンで
煮込んで下さいなんて、たちの悪いジョークが書いているかも
しれませんが、あれは本当にジョークですから信じてはいけません。
2時間煮込んでも量が減るだけです。


トマトソースを煮込んでいる間、チーズとトッピングの用意をしておきましょう。
チーズ卸しで、溶けるタイプのチーズをあなたの財布の状態に
合わせて卸しましょう。
(今月はかなり苦しいのなら。買って来たミックスチーズでも構いません。


ピッッアのチーズと言えば
モッツアレラと言う事になっていますが、家庭の火力の弱い
オーブンで焼いてもモッツアレラの水分に負けて
ビシャビシャの水っぽいピッッアになります。
お勧めは、グリエールとマリボーとフォンティーナを三同割が
美味しいですよ。
これはすでにかなり贅沢ですが。

さて、休ませておいた生地を天板に広げ、
(やりたかったらクルクルまわそうがダイビングキャッチしようが構いませんが)
オリーブオイルを塗って一度オーブンに入れて軽く焼いて下さい。
生の生地にいきなりトマトソースを塗ると失敗します。
なぜなら、ピザ釜と違って火力がお話にならない位弱いからです。
全体が白く焼けたら初めて、トマトソース、バジリコ、おつまみの
残りのイタリアンサラミ、チーズをたっぷりとのせて
再度オーブンへ、グリル機能のあるオーブンなら
途中からグリルに変えるときれいに焼けます。
全体にきれいに焼き色が付いたら、皿に空け切り込みを入れて
ボナペティト!(召し上がれ)
ワインはシチリアの赤にしました。


今夜読んだ本は筒井康隆の「男達の書いた絵」と「薬膳菜館」の
2冊でしたが、何か?



ピッッアはとても美味しかったのですが、
飲んだり、読んだり、食ったりと忙しく
仕舞いには冷めてしまいました。

昔、えみた姐さんに簡単と言って
ピッアの作り方を教えたら、全然簡単じゃないと
お叱りを受けましたが、そうですね
普通の方には、真夜中に生地からこねるピッツアなんて
面倒ですね、電話1本で宅配と言う手もありますから。
失礼しました。


以上、男独りのシック(病気)な夕食でした。
  1. 2008/06/11(水) 03:23:53|
  2. 料理
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男が熱中できる事

「男が熱中できるのは、遊びと危険だけである」。ニーチェ

お盆が過ぎてしばらくしてから、白い服を着て山に行き樹液を出している
クヌギの木に登る。
カブトムシだのクワガタムシだのは
もうあまり居ないが、樹液にスズメバチが 集まっている。
静かに細心の注意を払いスズメバチに近づき
予め調達しておいた、殿様蛙の脚やコオロギの新しい
死骸を目の前にそっと置いてやる。
すると、スズメバチ君なんの苦労もせずに転がり込んできた
ご馳走に夢中になる。
どれくらい 夢中かというと体に30cmぐらいの紙縒りの着いた白い糸を
結び付けられても、気が付かないぐらいに夢中です。
私のことなど 一切気にせず大きなあごでバリバリ噛んでいます。


これで最大の危険はクリヤーする。
木から落ちる危険と
自分の不注意から、いたずらに蜂を刺激してしまって刺される危険
そろそろと木から下りて自転車で待機する。
やがて、かわいい妹達に食事を与えようと
健気な姉は 餌を巣に運びます。
そっちに飛んだぞーと仲間に(大抵は、ぱしりの下級生でした)大声で合図をすると、自転車でひたすら大追跡。
蜂は最短距離を三次元的に つまり直線で自分の巣に帰りますが
我々は基本、道の上を二次元的にしか移動できません。
目前には、山あり谷あり田んぼのクリークあり、まるで障害物競走です。

白い紙縒りも1度目は見失ってしまいます。
1回目は大体の方向を、理解します。
しばらくすると、働き者のお姉さんは先ほどの
獲物のところに帰ってきますから
今度は二度目、部隊は前進しています。
こうして、スズメバチの巣の位置を探していきます。


藪の中での捜索ですが、うっかり危険なデッドゾーンまで脚を
踏み入れると 羽音と不気味な『カチカチ』音が聞こえてきます。
目の前には、既に戦闘態勢に入ったスズメバチの姉さん達が
ホバリングをしながら待ち構えています。
『カチカチ』音はこれ以上近づいたら、襲いますよという警戒音です。
いかに、恐ろしいスズメバチでも毒針を使えるのは
一生に一度だけですから、使わないに越した事はありません。
ぱしりのチビッ子達がパニックを起こして
一目散に走って逃げたらアウトです。
走らずに、音を立てずにするする後ろに後退します。
初めに白い服と言ったのは、この時黒い服を着ていると
ほぼ、100%刺されるからです。


里に逃げ帰り子供達のスリリングな、蜂捕りの遊びはここまで
後は、蜂捕りのおじさんに蜂の巣の位置の情報を売って
当時で500円だかの、お小遣いをもらってお仕舞い。
養蜂家にとってスズメバチは天敵です。
スズメバチを駆逐できる、日本ミツバチは蜂蜜は少ししか取れませんのでどうしても西洋ミツバチになります。
哀れな、スズメバチを駆除してしまうのが、生態系にどう影響するのか
解りませんが、うっかり刺されて死ぬよりは良いのかも
それに蜂の子のバター炒めは、本当に美味しいですよ。
(結局食べる事かよ)


なぜか、私ににはいつもがちゃバエ(小さい子供)が
ついてくるなといっても2-3匹はゴチャゴチャくっ付いていたので
手下の分け前として、50円のアイスクリームを買ってやると
いくらも残らなかった。
今考えると、不思議な事に6年生から、1年生までいっしょに連れ立って
遊び呆けていました。
今の子供達は、同学年がファミコンを持って友達の家に行き
おとなしく黙って対戦ゲームをしていますが
私が子供の頃は毎日、傷だらけの泥だらけでしたが 年下は年上に服従するし
年上は年下を保護していました。
昔も今のように、いじめはあったと思いますが
いわれの無い、虐待は年上の生徒がきっちり仕返しを
(いつも喧嘩をしていますから、どれくらいの力で
人を殴ったらどうなると言う事は身をもって知っていました。
喧嘩をして育たない今の子供達が時として
行き過ぎた暴力に走るのもそこら辺に問題もあるかと思います。)
していましたから、上級生の傘の下で今よりは
安心でいられたのではないかと思います。


さて、家に帰り縁側でゴロゴロしながら蜂に紙縒りを
結びつけた事を思い出すと、身の毛もよだつ
あの時、連れまわしていたちびっ子の誰かがアナフィラキシーで
うっかり蜂に刺されていたら・・・・・。


今考えても恐いです。
でも、男が熱中する遊びは、大抵かなり危険な遊びですし
危険も時として遊びに変えてしまいますが。


男が熱中できるのは、遊びと危険だけである
その男に、神が与えたもっとも危険な玩具は お・ん・な。と言う説もありますが。
  1. 2008/06/09(月) 19:33:42|
  2. 昔々
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インセクト

仕事が終わって、冷たいビール、白ワインもしくは赤ワインなどを
自家製のパテと共にアペリティフ代わりに、グビグビやっていると
今夜も何処から来るのか、お邪魔虫 ショウジョウ蠅クンの登場である。

こいつらと来た日には、私の短気な気持ちをあざ笑うかのように
絶妙のタイミングで飛び回る。
「ほーら、殺れる物なら殺ってみな」とグラスの周りだ頭の周りを
飛び回る。
何故こいつらは、私の寛ぎのひと時のじゃまをするのかと言うと
まず、お酒が好きと言うか酵母が大好きなので、
お酒お酢の匂いに引かれて集まってきます。
はい、私には用事は無いのに
他に果物も大好きです。果実が熟れて分解する時も
酵母が関わり、彼らの餌となるからです。

バナナを買い求めても、一人では1房6本などという数は
とても食べきれるものではなし 
当然そこいらに放置プレイされてしまい、
初日のみずみずしいバナナも
次の日には真黄色に熟れ、次の日には豹バナナとなり
1週間もすると、業界用語で言う所の黒豹バナナとなる
まるで、私達の人生の縮図を見ているみたいで
物の哀れを感じますが、何を隠そう
黒豹バナナか、崩壊し始めた桃がなぜか、
ショウジョウ蠅君の最も好む食品です。

一度なんぞは、バナナの黒なのか蠅の黒なのか解らないぐらいベランダで
群れ遊んでおりましたが、幸いな事に他の腐敗食品には
群れませんから、1部の例外の種類を除いて危ない菌は持っていません。



私は基本的に、駆除のために殺虫剤は使いませんので
捕獲以外は何の対策もできないのが現状です。
殺虫剤は止めましょう、昆虫は世代交代のサイクルが早いので
すぐに薬剤に対して 耐性を持ってしまいますから
まったく、無駄ですし毒素もより強いものに
エキサイトしていくだけですから 彼らと細菌といたちごっこを
してもまず、勝てる見込みはありません。
なんせ、植物の次 動物としては最初にこの地上に君臨した生き物で
我々が両生類として水辺で、もたもたしていた頃には
地上には、彼らの種が溢れかえっていましたから。
そんな、虫様と戦って勝てるわけありません。
詳しくは「スターシップトルーパー」でも見て下さい。




でも・・・・。
営業中お客様のワイングラスに、スーサイドする奴がいるのです。
酒で溺れて死ねるなんて、私よりきざな奴とは思いますが
お客様には平謝り、代わりのワインをお出ししなければ
ならないので 迷惑な事このうえありませんが
殺虫剤を使用しない事は、どのお客様にもご理解いただいて
おりますので、大助かりです。


今年は、緑化計画が進みお店の前のバルコンには
緑とお花がいっぱいですが ショウジョウ蠅君は緑もお花も大好きなので これから迎える、梅雨、夏、不快昆虫対策どうしようかと思案中です。

先日、私の人生の些細な食の経験を書きましたが
色々な方からメッセージをいただき ありがとうございました。
さすがに、私も食べたいと仰っていただいた方は1名だけでしたが
昆虫にも興味がおありになるらしく、今度一緒に晩夏の宮崎に
ご一緒してスズメ蜂料理でもご馳走しようかと思いました。




蜂ならぬ蠅の話しになってしまい申し訳ありません。
この、日記を書いている間も5匹の蠅を惨殺してしまいました。
  1. 2008/06/07(土) 17:00:39|
  2. 日々の出来事
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とりあえず、今好きな物

よく食べる物は何がお好きですか?と、聞かれる。
ご自宅では何を召し上がっているのですかとも、聞かれます。
さぞや皆さん、私が自宅では贅沢三昧、
飽食の限りを尽くしているとお考えでしょうけど・・・・。

食べる物で、特にこれが好きなんて物は無いんです。
好きな食べ物を、言わないつもりなら「殺す」と言われれば
田舎(両親が住む宮崎)に帰省した時、
必ず母が用意してくれている だご汁と舞寿司ぐらいでしょうか?
これとて、私が作った方がかなり美味しいとは思いますが
幼い頃から刷り込まれた味で、今の餓鬼共が弁当屋の
弁当が美味しいと信じているのと 同じです。
無条件に美味しいと思いますから・・・・。
この、一件だけでも母には長生きをしていただき
馬鹿息子に、手品のように料理を作り続けていただきたい。


さて、嫌いなものはと問われれば
迷わず、沢庵の古漬.
これが大好きで 毎日の食卓に乗せる女性なら、迷わず別れます。
と言うぐらいに嫌いです。
これには、もちろん嫌いになった深いわけがあるのですが。



がしかし・・・・。後は何でも食べます。
ベトナムフレンチのガールフレンドが、食べれないだろうと
差し出した「チュービットロ」(孵る直前のアヒルの卵を茹でた物、フィリッピンではバロット)半分雛だし 半分卵だしそれに安物の死にたくなりそうな臭いニョクマムをかけて食べろ言われた時は
やられたーと思いましたがちゃんと食べれました。

イタリアでこれもいたずらで出された、蛆虫の湧いたチーズは
美味しいと思いました。
世界一臭いと言われた、ベルギーのリンバーガーチーズもなんのその
琵琶湖のフナ寿司も、伊豆大島のくさやも美味しく食べれました

アラブ人の友達の結婚式に行き、特別だと言ってわざわざ
勿体つけて出してくれた(普通のお肉で十分なんですが)
羊の頭の丸焼きも頭を割って 当時はスクレイビーの事も知らず
脳味噌美味しくいただきました。
(尚アラブの結婚式では、男性と女性は別々に食事をします。)
中でも最大の難関は、シュールストレミング
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0
さすがにこれは、死ぬかと思って鼻をつまんで食べましたが
そのしょっぱい事(匂いはもっとすごいけど)・・・・・。

変わった所では、桜毛虫の唐揚、蜂の子などもありました
(意外と美味しかった事を、告白しておきます)


以上のものは、お金を払って食べるかと訊ねられればノンですが
まあ一応食べられました。



料理を作っていて好きな食べ物も無いのかと呆れてしまう方も
いらっしゃいますが、私は季節季節の旬の食べ物を
慎ましやかに頂けたらそれで幸せなだけです。


だから、季節を問わず鮪のトロに血眼になっている方。
痛風を気にしながら、フォワグラとキャビアは止められないと食べ続ける方。
お肉は黒毛和牛の5等級のAランクじゃないと私は食べないと言う方。
お金は私などよりはるかにお持ちなんでしょうが、ふとお気の毒になったりします。

いみじくも、ブリア・サヴァランは
「何を食べているか言ってご覧、君がどんな人間か当ててあげるから」
と言っている事ですし。


先ほどから自己矛盾したことを、書き散らかしています。
今日も、お嬢様の誕生日 3名で5万円近く、お支払いになられた
お客様がいらっしゃいましたが 記念日、何かのお祝い
そんな人生の数少ない喜ばしい日に、一緒にテーブルを
囲んで美味しい物を食べよう!
なら良いのですが、毎日必ずご馳走じゃなければ
なら無い訳ではないと思います。

昔、奈良で美味しいといわれた「茶粥」屋さんに
案内されて、ご馳走していただいた事があったが
当時の私はその、茶粥を味わうだけの 人間では無かった。
まず、肉でも無ければ魚でも無いことに若い私は腹を立てていた。
単に若者は消化吸収の早くて、味のわかりやすい
動物性たんぱく質が好きなだけでしたが・・・・。

今、また訪ねて茶粥を一杯ご馳走になれば
かなり幸せな気持ちになれるだろうし、
今なら、あの時の薄味の茶粥もとてつもなく美味しく思うでしょう。


物の味が解ったつもりでいるのと、物の味が解るのでは
まったく別のことのように、最近思います。
味がある程度解るようになってきたら人生も終焉間近と
辻 留の辻嘉一さんが仰っていたような。


さて、本題の私が「とりあえず、今好きな物」。
香菜(シャンツアイ)のたっぷり入った
ヴェトナム風のチャイ(粥)と言うか
香菜が、「君に夢中」と言うぐらい大好き。
昨日は1日中、フォーばかり食べていたし
今日は昼過ぎに1合のお米でチャイを作った。
基本私は、1日に1食しか食べませんので
(味見を1日中していると、カロリーは1食分以上ですから)
明日も、ヴェトナム風お粥を食べる事になりそうです。


もうすぐ、夏が来る
憧れの宮崎名物『冷汁』の夏が・・・・。
もちろん、『冷汁』も大好きです。
  1. 2008/06/04(水) 02:08:02|
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花鳥風月よりも・・・・・。

さて蛍狩り当日、行き当たりばったりに 皆さん集合。

約束の時間の、1時間前に来る方、ちゃんと5分前に来る方
アカデミークオーター(食事の自宅の招待は必ず15分遅れて行く事)を
実行される方(つまり遅刻)11名が車4台に分散していざ出発。

「暗くなるまで待って」。
テレス・ヤング監督オードリー・ヘップバーン主演の
サスペンス映画があったが。


蛍狩りも同じで早めに現地に着いて、
黄昏迫る山道をそぞろ歩きをするのが好きです。


関係不明な大人の男女11名、うだうだと馬鹿話しをしながら
「暗くなるまでお散歩だい」!。


途中 暗がりのベンチで、乳繰り合う中年のカップルがおりましたが
行きは皆さん「えーっ」と心の叫びを揚げていましたが
皆さん大人なので、無視をしてさしあげたのですが
その行為が似合うカップルがベンチで化石をしていても
きれいだなーで済みますが、ラブホテルでなさるような事は
公共の場では謹んで頂きたい、なんせ我々には
えみた姐さんと言う斯道の達人が居りますから。


しかし、しかしです。
そぞろ歩きの帰り、三日月お姉さんがいきなり彼らのベンチの前を
川に向かって駆け下りて、植物学の抗議を始めたので凍りつく我ら10名。
11人の足が乳繰り合い 中年カップルの前で止まり
私とえみた姐さんは、ハラハラするし・・・・・。
仕舞いにはえみた姐さん カップルの女性の方から、眼を飛ばされるし
どう見ても醜悪な見世物でしかありませんでした。
(お前らこそ他所に行ってやれよとの声あり)


そんな、面白くないショーもありましたが、確実に辺りは暮れて行き
草陰からひとつ、ふたつと真珠のような輝きが
(先ほどの情景と変わってなんて、清らかなんでしょう?)
「ほら、あそこ光った」。などと言っても次の瞬間は、消えています。
ドップリと日も暮れて一際目立ちたがりな蛍君が飛んでくれた
時にはあたりに「オー」っとどよめきが起きました。

辺りが暗くなれば、なるほど 蛍が多く飛ちがいたり
途中で写りもしないカメラで、それも2度もフラッシュを焚いて
写真撮影に望んだ馬鹿者がおりましたが
私から、やわらかく「オララー」とフランス語で野次られたら
止めてくれましたが、蛍は自分が明るいので他の灯りは嫌います。
たった1週間から10日のランデブーを邪魔をするのは止めましょう。

乱舞は8時から9時ぐらいが最高なんですが、8時半になると
誰からともなくお腹が空いたとの声
花鳥風月を、愛でるのもそこそこに とっとと帰りました。


で先日お知らせした料理になぜか、韮饅頭とザー菜チャーハンも
追加した料理を。
手伝いに強力助っ人、くぐつ君が来てくれたので大助かり
次から次へ料理が完成していきます。
こんなに多量に作ったら余ると思ったのに、
皆さん、健啖ぶりを発揮して 気持ち良いぐらいに食べる食べる。
途中グリーンカレーを食べてあまりの辛さに
悶絶していたお姐さんが1名居ましたが。
前回、辛くないと仰っていたのは、姐さんでした。
ドSのあなたが苦しむのを見て、心から幸せなドSな私でした



非常にも 夜は更けけて行き0時半にお開きにしました。
片付けはせずに帰って寝ました。


又来年も、行きましょう!
次は、大濠の花火大会8月 1日です。
  1. 2008/06/02(月) 21:51:30|
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人生は美しいか?

一昨日の話に戻る。

ピエールおじさんと話しを本当に沢山した。

堰を切ったように言葉が出てくる、最近の景気の行方
フランスと中国の事、昔の友人の近況・・・・。

ふと、言葉が途切れた時ピエールから
『ラ ヴィー エ ベル』?人生は美しいか?と訊ねられた
『ラ ヴィー エ ベル』?つまり、幸せなのかという事


答えに窮して、傍と考え込んでしまった私
もちろん 不幸ではないが 『マ ヴィー エ ベル』。(私の人生は美しい)
胸を張ってそうは言えそうも無かった。



『モチロン、ジンセイハウツクシイガ、ワタシノジンセイハ
フカカイデ ムズカシスギル』。
そう言ってしまって、何だかとっても淋しい気持ちになってしまった。


良く、幸せは気の持ち様などと仰って 慰めてくれる人がいるが
明日食べる物も無く、仕事も、住む所も無い人に
いくら幸せは気の持ち様だなどと言っても 何の慰めにもならない


しかし、現実に身の回りに必要な物は全て揃っていて
何不自由無く暮らしていても 不幸な人は不幸なのである。
何気なく言われた一言でしたが、非常に考えさせられた
深い言葉でした。


あなたの、人生は美しいですか?



今日から6月、鬱陶しい梅雨の始まり
皆さん、健康に注意して下さい。
  1. 2008/06/01(日) 02:36:46|
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