さて、待ちに待ってもいなかったが、
仲の良い男友達の結婚式並びに披露宴の当日である。
気ままな独身生活は昨日でフィニ(おしまい)である。
一人の女性のために、他の全てをあきらめられるのかね?
毎日同じ女性のもとに帰れるのかね?
試しに、ダンテ・アリギェーリ伯の高名な「神曲」の
インフェルノ(地獄編)に、地獄の入り口の門には
”この門をくぐる者は、一切の希望を捨てよ”と書いてあるぞ!
と言ってみたが、幸せなルイース君はただニタニタと笑うばかりである。
新郎、新婦の友人がバカンスを利用してドイツ、フランス、ベルギー
イギリス、オランダ、方面から里帰り、
貧しい南の暑い国は、富める北の涼しい国へ、みんな出稼ぎである。
遠い所でアメリカは、ニューヨークなんて方も居ました。
言語がゴチャゴチャになってややこしい事この上ないので、ポルトガル語か(わかrませんが) フランス語か、英語に統一してもらう。
11時に教会まで乗せていってくれとの事なので、お迎えに。
車の中で突然「テモアン(結婚公証人?)はお前だからな」と言われても
何でも結婚式には新郎側で1名、新婦側で1名で式に参加して
司祭の横に立っていて式が有効であると証明する人が必要なのだそうであるが・・・。
「僕はポルトガル語解んないし・・・・」。
「心配しなくてもあれはラテン語だから俺も解らん
何でもいいから、何か聞かれたらシィ!シィ!(はい、はい)と答えろ」。との事
小さい子供のおしっこじゃなんだからそんなシィシィばかり言えるか。
教会に着きました、きっとそこはニューシネマパラダイスで
トト君が居眠りしていたような古めかしい教会を想像していたら。
何んと近代的でモダンな建物
もしかして、丹下建三さんのデザインかなと思って
回りの人間に聞いてみたけど誰も丹下さんを知らなかった
せめて、アルド・ロッシかアルフレッド・アリーバスぐらいにしておけば良かった。
結婚式のミサは厳かにダラダラと、真夏のヴィラレアルで続いています。
聖体(パンとぶどう酒)が新郎新婦に(これがキリストの体と血だそうです 後で僕にも食わせろと少し貰いましたがウエハースみたいな感じでした。)
与えられて、多分健やかなる時も、病める時も汝はこの女を
妻として愛し続けますか?などとお尋ねになっているのでしょう。
私にも何かお尋ねになったので「シィ」!と
(多分この結婚が有効なのか異議は無いかととお尋ねなんでしょう)だけ答えておきました。
式が終わって外に出て、湯豆腐でもできそうなぐらい
暑い中でまるでゴッドファザーの結婚式の様な
写真撮影があって、一同解散。
夕方6時に街のレストランを借り切ってのエクストラヴァガンツアー
(ドンチャン騒ぎが)始まるらしい。
お腹は痛みこそ減りましたが、相も変わらず「リスボン特急」。
夜のために昼はゆっくりしたかったのに、
明日で帰るから 遊ばないとつまらないと、わがまま娘が言うので
泊まっていたホテルのプールで午後いっぱい半漁人みたいに泳いでもうくたくたです。
何とか、1時間だけシェスタができました。
暑い中正装して披露宴会場に向かいました。
少し早く着いたので、あたりをうろうろ時間つぶして午後6時
いよいよ、会場に入ります。
私の席は何処?かなと探す間も、皆さんからジロジロ見られて恥ずかしい。
(よほど東洋人が珍しいらしい)
席はありました、何んと上座それも神父様と同じ席
ディアナパパ&ママと一緒(ルイスのご両親は体調不良のため
式のみの参加でした)
私は異国の結婚式で、末席の方でよかったのですが
気を使ってもらってありがたかった。
スペイン産のカヴァ(発泡酒)で乾杯
テーブルの上にはすでに所狭しと、料理がクロスの上に直接置いてあります。
「解ったこれを、食べればいいんだ」。と彼女と二人、ポソポソ食べていると
ノンノン!食べても良いけど後の料理が入らなくなるから
食べるなと言われた。
これは、テーブルの飾りですとも、言われた。
料理はその後、とんでもない量がこれでもか、これでもかと出てきました。
同席の神父様のお名前はパウロ神父。
席に着くとこの方突然、「今晩は」と日本語で挨拶をされる。
プルケー?(何故)
彼の弟も神父で日本に派遣されているので
先ほど電話して日本語を教わったとの事、
フランス語も堪能でいらしたので、フランス語でお相手をしていただく。
明日で、何とか最終回。
請うご期待?
- 2008/07/02(水) 03:36:43|
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昨夜、ガールフレンドの家で珍しくTVなんぞの観賞に耽っていると
突然、「世界ふれあい街歩き」が始まる。
今夜の街はポルトガルは、リスボン。
これは、きっと書きかけのポルトガル紀行を書き上げて、
すっきりしなさいとの天の声かと思いました。
で・・・一度投げ出した事に再チャレンジです。
ヴィラレアルの最初の悪夢の一夜が明けても
相変わらず我々の下痢腹痛と車のラジエーターは治らず
まずは、ガレージに行って修理を依頼するが・・・・。
「アマニヤン」。
フランス、イタリア、スペイン、ポルトガルこれらのラテンの国々で
一番使用頻度の高い言葉は、多分「明日」!
それは、フランスではドマンであり、イタリアではドマーニであり
スペインではマニヤーナであり、ここポルトガルでは「アマニヤン」
明日だ!全てが明日だ!
車のラジエーターはいつ届くのですか?
「アマニヤン」!(明日だ)
次の日ガレージを訪れても、私の車は1mmたりとも動いた様子も無く
もちろん、修理が終わっているわけなどなく。
「お約束は今日でしたね」と念を押しても
「アマニヤン」!(明日だ)で全ての話しが終わる。
移動ができなくて、ストレスが溜まる一方なので
とりあえず、車は取り戻し30分ごとに給水して乗る事にした。
ガレージのおっちゃんに別れ際に「いつ。修理ができますか」と
たずねると、ニコニコしながら自信満々にこう言った「アマニヤン」!
ルイースもついに年貢の納め時で、夕方から彼女の
ご両親にあいさつに行くから、送って欲しいとの事なので
行きましたよ、舌を噛みそうな田舎道をゴトゴトと・・・。
途中家路を急ぐ牝牛の群れに遭遇。
昔見た何かのコマーシャルに同じような風景がありましたが
現実はあんなに牧歌的な事などこれっぽっちも無く
家路を急ぐ牝牛さん達は、なぜかものすごく凶暴で
彼女達と交差する間車は止まっているのですが
向こうからガンガンとぶつかってきます。
おかげで、サイドミラーはおとといの方を向いてしまいました。
ディアナの家に到着、門を開けてもらうと
いきなり2匹の黒い影、何んと2匹のジャーマン・シェパードが
牙を剥いて我々を歓迎してくれています。
ディアナのパパに「こいつら、腹は減っていませんよね」?と
訊ねたら、ゲラゲラ笑って
「餌はさっきあげたから、今夜は食われないよ」と答えてくれた。
ルイースの義理の両親への挨拶が済むとさっそく、酒盛り
ディアナパパは、農業と牧畜で生計を立てていますが ワインももちろん自家製です。
ディアナの家は1階が、家畜小屋。牛と、豚がいました。
2階、3階が住居です。
家畜小屋の横にカーブと言うか ワインの貯蔵庫がありました。
案内してもらうと、そこにはありとあらゆる酒瓶に詰められた
「田舎正宗」があります。
ためしに、1984年物のシャトー・ヴィアレアルのエチケには
チンザノと書いてあります。
同じ年のやはりこれも。シャトー・ヴィアレアルは
何んとビーフイータのジンの瓶に瓶詰めされています。
フランスやイタリアの洗練されたカーヴを見ていると
福岡ドームでホークス対ライオンズ戦を見ていたら
9回の終わりに突然、隣にエイリアンが座っているような気分になります。
ディアナ、パパはワインのボトルを7本ぐらい
何処かのスーパーからちょろまかして来た、買い物籠に入れて
ニコニコしながら、サロンにやってきて
次々と抜栓して、一口飲んではなんだか酷い悪態を
吐いてしかめっ面をしています。
6本目のワインでやっと、小首をかしげて
その後ニコニコして「飲め」とボトルを差し出す。
生まれて初めての、農家の手作りワイン。
期待に胸を膨らませて一口すすると
たちまち、地獄への特急便。
わたしも、下品ですがフランス語で「メルド」!と悪態を吐いてしまいました。
彼は、悪びれる様子も無く「やっぱり駄目か」と訊ねます?
私は出された物は殆どなんでも、飲んだり食べたりできますが
こればかりは、「お助け」!でした。
どのくらい凄いかと言うとですね、美味しいワインだと思って
ワインとワイン酢を1対1でブレンドした怪しげな飲み物を飲んだと想像して下さい
そう言う事です。あれはお酢でした。
仕方がないので、お土産に買ったヴィニョ・ヴェルダを進呈する。
これでも、つまみなさいと彼が、昨年の秋のよく晴れた日かどうかは
知らないけど ある日ピストルで密殺して作った生ハム。
1年熟成なのに、よほど乾燥しているのか鰹節みたいに旨味が出ていて
記憶に残る味でした。
そのうち、ご近所の方々がこぞってルイースではなく、私を見に来る。
名づけて”我らがヴィアレアル村の初めての日本人”でした
見知らぬおば様や姉ちゃんにキスされたりと
手厚いおもてなしを受けました、何事も自分が中心じゃないと
気に食わない彼女は「トマはもてもてじゃない」とまたも低気圧。
その間も我々二人は、トイレが友達でした。
素晴らしい、ヴィアレアル2日めの夜は更けて行きました。
車はいつ直るのかって?
「アマニアン」!明日だ。
- 2008/07/01(火) 13:25:17|
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ルイースの結婚式まで、毎日当ても無くナザレの町をぶらぶらする。
最初は楽しかったこの村もすぐに飽きてしまう 人間の性・・・・。
毎日毎日、炭焼き食べてヴィニョ・ヴェルデにすら飽きてしまいました。
明日は、ルイースの奥さんの村、ポルト市郊外の(かなりな距離がありましたが)
ヴィラ・レアルまで又北上という、最後の夜。
多分、よほど運がよくないとこの村にも来ないだろうと
プライヤ地区までケーブルカーで降りていって食事をした。
隣の席に座っていたのは、アメリカから来ていたファミリー。
おじいちゃん、おばあちゃん、その娘、ご主人
とっても可愛い2歳のマイケル君。
おじいちゃん、おばあちゃんは若い頃アメリカに
この村から移民して行ったそうで、初めてのお里帰り
お嬢さんは何とか、ポルトガル語を話せても
ご主人はドイツ系の方なので、話せないし
マイケル君はまったくのアメリカンである。
3時間近く、プアーな英語で色々話した
旅の楽しみは、つまるところ見知らぬ人との
一期一会のお話しが一番好きである。
このファミリーには、もう二度と会うことも無いと思いましたが。
またいつか、お会いしましょうと笑ってさよならをした。
こうして、ナザレ最後の夜は更けて往くはずだったのに・・・・。
ベットに入ってしばらくして、
「トマ」?
「何」?。
「お腹痛くない」?。
「君も痛いの」?。
「うん、さっきから凄く痛いの」。
それから、明け方まで二人ともトイレが大の仲良しでした。
(運よくトイレは2箇所ありました。)
多分夕食で食べたアサリみたいな貝の、ワイン蒸しが何か臭うなと
思っては見た物の 気にせずに食べたのが運の尽き。
激痛と、中毒のせいか意識は朦朧としていました。
やがて、無慈悲にも朝が来て出発の時。
幾分痛みは治まりましたが、お腹を下すのは一向に良くならず
これから、300km以上どうやって運転してやろうかと
思案に暮れてしまいましたが とにかく出発。
30分も経たない内に、私の車が突然白煙を上げてストップ
警告灯はラジエーターの以上水温を知らせています。
何とか路肩に車を寄せて、ボンネットを開けて
ラジエーターのキャップをはずすと、沸騰した水が吹き上がります。
何んと、ラジエーターに一箇所穴が・・・・・。
後部座席から、ミネラルウォーターを出してとりあえず給水
水の落ちる速さを調べてみると、10秒間に1ccぐらい
つまり、1時間に360ccづつ減っていっています。
次のパーキングで、新たにミネラル大箱1ケース購入の後、トイレに駆け込む二人。
それから、なるだけポルトガルスピード(ゆっくり)で車を走らせ
30分に1回給水して、途中BMWのガレージを見つけたので
修理をお願いすると、部品を取り寄せるのに
1週間から、10日かかるとの事で諦めました。
(ここいら辺がラテンの国のラテンたる所ではあるが)
パーキング→トイレ、給水。パーキング→トイレ、給水を繰り返しながら
目的地のヴィア・レアルにたどり着いた時は、既に夜になっていました。
始まりは、あんなに楽しげだったポルトガルの旅も、さらに散々な旅となっていくのでした
- 2008/06/27(金) 13:58:47|
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結局ポルトガルには10日も滞在しました。
リスボンの後は北上してルイスの故郷ナザレに
ナザレと言う町は、ナザレのイエスで有名な、イスラエルのナザレと
鰯の炭焼きで有名なポルトガルの、ナザレと言う町があります。
ポルトガルがEUに加盟するはるか以前の事ですから。
彼らが愛情と自虐を込めて、ヨーロッパの田舎と呼ぶだけあって
本当にどうしようもなく田舎でした。
高速道路で凄い匂いがするなと、思ったら体重300kgはありそうな豚君が
はねられて、昇天なさっているし。
しばらく、走っていると可愛いフェミーナ(お嬢さん)達が
ニコニコ笑って手を振るので、ベルギーでよくやる
オートストップ(あいのり、道で女の子が手を上げれば怪しくない限り
乗せてあげます)
かと思いきや、街娼だそうである。
ガールフレンドがいるにもかかわらず、非常に興味を持ったので
彼女達を買ったは、良いけど何処で用事を済ますのかと訊ねると
ボア(森)の中で、ナチュラルにソバージュに済ませるとの事でした。
それに、高速道路とは名ばかりで170kmで走っていると
突然とてつもない大穴が道に開いているので避けたり急ブレーキで止まったりと忙しい、
夜ともなれば餓鬼共がなぜか、全員無灯火でバイクを凄いスピードで走らせています。
2−3人危うく無垢のポルトゲーシ(ポルトガル人)を轢き殺すところでした。
そのたんびに、酷いフランス語で罵っていたら、ルイースが
段々怒り出して、トマは日本やベルギーが進んでいるから
ポルトガルを馬鹿にしているんだと、嘆き始める始末でした。
「そんなこと無いよ、ポルトガルは良い国だよ!これでポルトガル人が
いなければ最高だし文句も無いんだけど」。と言ったら
やっと笑ってくれました。
昼過ぎにやっとナザレに着いたのですが。
海辺の町は早くもシェスタ(昼寝)に入ったのかがらーんとしています。
その時いっしょに旅行をした、ガールフレンドはダイアナ妃によく似た美人なんですが
とにかくわがまま、特に空腹時になると とてつもなく機嫌がわるくなります。
早くも、車内は険悪な雰囲気になってしまいました。
でもそこは、地元の人間。ルイースがドアをガンガンと
叩いて知り合いの店のドアーをこじ開けました。
いきなり、「なんぼ食べるか」?と聞きます。
「なんぼって何を」?
「パ・ケスチョン」!。(聞くな)とか言われて
よく考えたら、メニューは鰯の炭焼きのみに近い
前菜を何か食べてなんてことは無く いきなりである。
「3匹」。と言ったら「お前は女か」?と言われました
男ならまずは、5匹は食べるとの事。
では、端から頼んでくれれば良かったのに・・・。
注文をするといきなり、来いと言われたので
彼女と付いていくと、レストランの厨房の中に
ずんずん入っていきます。
そこいらにあった物を勝手に、小皿に入れていきます。
私は、育ちの良い家庭に育ったのでとてもそんな
断りも無くあれこれ、勝手にカッパライみたいなマネはできないので
躊躇していると、ポルトガルのスタイルだと言うので
どこら辺にあった、オリーブだのチョリソーだのを皿に入れて、
ニコニコしながら席に戻りヴィニョ・ヴェルデを飲みながら
鰯が焼けるまで、おつまみを楽しみます。
先ほどまでは、熱帯性の低気圧で大荒れだった彼女の機嫌も
ヴィニョ・ヴェルデですっかり、良くなっていました。
鰯はフランス語で言う所のグロセル荒塩を振って
炭火でしっかり焼いてくれています。
辺りの磯の香りと、炭焼きの鰯の香りがやはり
宮崎の田舎を思い出させます。初めてなのに何故?
熱々の鰯にオリーブオイルとレモンをたっぷりかけて食べました。
とっても、美味しかったのですが、
できればカボスとお醤油で食べたかったのが、素直な気持ち。
昼過ぎからは、ルイースは結婚の準備が忙しいらしく
我々は放置プレイ。せっかく美人でグラマーな女性が
いるので一緒に泳ごうと言う事になったのですが、
つい、2週間前に楽しんだリビエラや、コートダジュールに
比べると(比べたらいけないのでしょうが)設備が悪すぎる
ビーチのチェアーも無いし、砂浜が土も混じっていて早くも
ドロドロ、体をきれいにしようと勇んで海に飛び込んだ。
つい、2週間前にいたニースの海は地中海の暖かい水で、2時間
水に浸かっていても別になんとも無かったが。
冷たい。本当に冷たい。心臓麻痺でもしそうなぐらい冷たい。
真夏のオステンド(ベルギーの海岸、北海に面している)の海に飛び込んだのと同じ感覚。
海はニースと同じで、いきなり深くなっているし
寒さと、準備運動不足で体が固まり動かない
なんと、私は溺れ始めていた 何とか底まで沈み
底を蹴って水面に浮かび事なきを得ましたが・・・・。
それから、寒くてそのまま砂浜に横になっていたら
なんでも、全身が凄く痒くなるダニがいたみたいで
彼女と二人で薬局に行ってみたけど、英語、フランス語、オランダ語
日本語以外はトンチンカンな我々は症状を説明もできず
全身が赤くみみず腫れを起こしてしまった。
渋々ルイースが探してくれた、シティオ地区のレンタル別荘へ
(ナザレは漁師の村のプライア地区と丘の上のシティオ地区に分かれます
二つの地区の連絡はケーブルカーか徒歩で山登りです)
こんな家に一度は住んでみたいと思えるぐらい素晴らしい
広さと設備、何よりその絶景が素晴らしい。
続きは明日・・・・。
- 2008/06/26(木) 02:16:46|
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さて、次の日はカスカイスへ。
世界的に有名なリゾート地なんですが、
お金持ち以外来なくてもいいです見たいなとこがあり
モナコ、ニース、カンヌ、ビアリッツ、ローザンヌなどと同じ
感じがしたのは、貧乏人の私だけ・・・・・?
その先にロカ岬と言うのがあって、何んとここがユーラシア大陸最西端
お金を払えば、最西端を訪れた証明書を発行してくれます。
楽しみにしていたのですが、ポルトガルと言う国は
両親の田舎の宮崎によく似ていて、海が西にあるか東にあるか
ぐらいの差しか感じなかった。
食べる物と言えば、浅蜊に似た貝のワイン蒸しだの、
名物鰯の丸焼きなんぞは、レモンとオリーブオイルが
かぼすと酢橘に変わるぐらいで、何の変化も感じませんでした。
変わった所で、今回のタイトル[Sopa de pedora]石のスープと言うのがあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%97
http://homepage2.nifty.com/~castanha/legend4.htm
話しには、聞いていたのですが本当に
スープの中に石が入っていました。
ゲストが間違って齧って歯でも折ったら
たちまち、訴訟騒ぎになるのにと心配しました。
豆と、豚の耳、チョリソーと、野菜がたっぷり入ったスープです。
材料は何を入れても良いそうです。
民話は後ひとつあり、石でスープを作ると大見得を切るところまでは
一緒なんですが、旅人だか修道士だかが美味しいスープをみんなに振舞うから
家から何でも良いから、食材を一品持ってきておくれと、お願いして
村人が次々と食材を大鍋に投げ込んで、旅人の順番が来ると
何も持っていない旅人は、隠し持っていた石を鍋に放り込んで
難を逃れて美味しいスープにもありつけたと言うお話しです。
本格的に作りたいならブーダンノアール(血液の黒いブーダン)も
入れると良いでしょう。
とっとっ突然の睡魔が、襲ってきたので続きは明日。
- 2008/06/25(水) 02:12:02|
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