今年も愚かなるテロリスト達 海洋生物保護団体を標榜しながら
実はただの人種差別主義テロリストの集まり『シーシェパード』が
我が国由来の食文化 捕鯨における鯨肉の喫食の再開を望む
調査捕鯨妨害のために南氷洋で暴れるらしい。
先日見た気になる映像。
http://www.youtube.com/watch?v=pPkf7T00qH0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=zHhsnqQXXVQ&feature=fvw
白豪主義って皆さん覚えていますか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%B1%AA%E4%B8%BB%E7%BE%A9
と言うか年代によっては知らない若い人が多いと思います。
近年では南アフリカのアパルトヘイトばかりが有名に
なっていますが、オーストラリアの白豪主義も
人種差別の歴史の中ではひどい物としてはなんら変わりありません。
捕鯨に関しての日記は何度と無く書きました。
その度に訳の解らない連中から非難を浴びましたが
多分同じ日本人の彼らが白人達の独善的な人種差別に
加担している事には気付いていたのか甚だ疑問である。
WSP(白人でサクソン人でプロテスタントであることアメリカの支配階級)
のいう事には、鯨は知能が高いから殺してはならないと言う。
ついほんのこの間まで知能が高いどころか
同じ人間をアフリカ系で肌の色が黒いと言うだけで
国を挙げて差別していた人達がおかしな話である。
少なくとも黒人の能力は他の人種と比べてなんら劣ってはいないし。
混血できるということは我々は同じ種であろう。
オーストラリアも同じである。
元々オーストラリアに住んでいたのはアボリジニであって
イギリス人ではない、別にオージー達を差別する気は毛頭ないけど
オーストラリアはイギリスの流刑地であったのが始まりである。
(オージーが犯罪者の末裔だから日本人を差別すのだとは言っとらんぞ)
他のオーストラリア固有種の動物並に哀れなアボリジニ達も
おおいに殺されまくった
(純潔のタスマニア・アボリジニは絶滅させられています。)
(オーストラリア人は大陸の固有種の生き物の絶滅記録の
タイトル保持者で近くギネスに認定を受けるべく申請中だそうです。)
知能が高いから殺してはいけなくて、低いから殺して良いと勝手に決めるのは
自分達がそいつらより生き物として更なる高い地位に居るのであると
宣言しているのであって WSPはまるで神にでもなった気でいるのか?
そのくせ自国の、ディンゴやカンガルーは勝手に害獣として
苦痛を長時間与えるような殺し方をしても平気である。
朝鮮半島の人々は犬を食べる、中国の人も食べる。
犬好きとしては悲しい限りであるけど
だからと言って彼らの事が野蛮だと言うつもりは毛頭ない
それは彼らの食文化であり外国人の私がとやかく言うべき事ではない。
インドでは牛を神の使いとして丁重に扱う なので自ら牛を食べたり
殺して日本に輸出しようなどとは決して思わないだろう
インド人がオーストラリア人に『我々の神の使いを殺して食うな』といったら
『国土全体に牛を溢れさせて一切食べるな』と言ったら事態はどうなるだろうか?
もちろん同じコモンウェールスに加盟している
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E9%80%A3%E9%82%A6
オーストラリアですが
同じアーリアン人種でも色の黒いインド人などゴミ屑ぐらいにしか思っていないので
全く無視する事は確実でしょう。
アングロサクソンはいつも世界中でご都合主義のやりたい放題
南京大虐殺でっちあげの共産中国となんら変わらん。
(私は虐殺が無かったとは言ってはいない でも30万殺されたと言い張るなら
日本兵に殺されたとする科学的に検証可能な証拠を見せろと言っているだけである。)
少なくとも共産中国は日本人悪人説を自国民に流して
国内政治をうまく行なう為に利用しているだけで
韓国、北朝鮮と同じく国民の不満をそちらに向けさせて
自分たちの失政を誤魔化す効果は上げているので
まだ理解ができる。(自国民を愚民化させる教育を施す国家なぞ納得はしとらんがね。)
少なくとも彼らが人種差別をしている訳ではない。
この話し続く。
- 2009/11/04(水) 01:51:40|
- 食材
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今日のお昼は満席。
総員コンバットA態勢。
朝7時にお店に入ったけど仕込がアクシデントにより
間に合っていなく 昨夜と言うか今朝仕事を
一時中断したのが4時だったので実質3時間の睡眠時間・・・・。
(そのままお店のソファーで仮眠でした。)
この様な状態でお料理を作らなければならない
自分が情けなくなるけど 取りあえずは目の前の
今日のお昼を楽しみにしてお出で頂いたお客様に満足して
お帰り頂かないと。
『徹夜で頑張った』とか、『残業して頑張った』とか
偉そうに言う奴がいるけど 私に言わせれば
『私が仕事が出来ません』と言っている事とイコールである。
仕事が出来ないばっかりに残業したり
徹夜のはめに陥るのであって プロたる者仕事は時間内に
終えるべきである。
私の元部下が他所の店に行くと、休憩も取らずに1日中働かされて
更に夜遅くまでの残業になる事が許せないらしい。
もっとも、私の部下は3ヶ月もすると労働時間は1日3時間ほど短縮
残業はほぼゼロにして 賃金のコストダウンを実現して
次回の査定に基本給のアップを要求しているみたいなので喜ばしい事である。
で、バトルが終わってクタクタ、ゲストは大喜びで
お帰り下さったが・・・・・。
疲れたし、眠いし、夜は予約も無い事だし急遽休みにする。
自分の店が不定休であることに感謝する。
とにかくサッと食べて後は家で横になりたかったので
いつもの寿司屋に行く。
運良くそんなに待つことも無く席に案内されて良かったと食事開始。
ガールフレンドは今日は烏賊の気分だと言っていたので鮪と供にチョイス。
よく冷えたビールを一口飲んで、さて頂きます。
一口食べて?????な味にビックリ。
彼女と顔を見合わせる。
こんな経験初めての感心しない寿司飯
とにかく硬い、硬すぎるし寿司飯の酢が効き過ぎてやたら酸っぱい
せっかく来たのに、もう帰りたくなってしまいました。
先日のラップ入りの中華料理店以来 外食では連敗中です。
実はその後いつも行く美味しい方の中華のお店に
リベンジしたのですけど このお店10月の4日に2号店を
開店なされてそれはとても喜ばしい事ではあるが、
二号店の厨房スタッフが研修していてなんだか怪しい雰囲気
予約で我々が入店したら満席となり益々怪しい・・・・。
こうなればあまり期待しても仕方が無いので
トットと頂いて帰りましょうという事になり
料理を待っていたのですが 私の友人が厨房に居ても
作らなければ 手下作ではまるで別の食べ物でした。
唐揚中毒の彼女が注文した唐揚はぬるいし
低温で揚げたのか油まみれの無残な姿と食感
いつもの外はパリパリ中はジューシーとはまるで別の食べ物でした。
その夜も初めから最後まで?????な味の連続でした。
食べ物屋さんが美味しい店と言われる為には
毎日コツコツと真面目に全うな仕事を何年も
積み重ねて行かなければならないが
不味い物屋さんになるにはたった1度の
ほんの些細な手抜きでそうなってしまう。
今回3軒のお店で支払った金額は決して馬鹿にならない金額であるが
今回の事を『他山の石』として肝に命じよう。
件の寿司屋さん 途中からシャリが変わってから
随分ましにはなりましたが、その日の雰囲気は最後まで
払拭できませんでした。
瞼がもう限界なので 突然お休みなさいです。
- 2009/11/01(日) 01:24:46|
- 日々の出来事
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ランチのゲストが早く途切れる。
突然金木犀の香に包まれてのんびりしたくなり 敢え無くリタイア。
まずは、競泳用の水着、耳栓、キャップ、ゴーグル
バスタオルを用意して1年半ぶりに泳ぎに行く。
西鉄電車で下大利まで行き、そこから疎水に沿って1500mぐらい
行くと大宰府市民プールがあります。
両肩を壊してから、炎症がひどく箸の上げ下げも満足にできない
時期もありましたが 現在かなり回復の兆し
シャツも着れるしパンツも履けるので
(どうしてシャツは着るでパンツは履くのでしょう?)
リハビリをかねて泳いでみる事にした。
とりあえず1時間のチケットを購入、体操を念入りにして
いざ水の中へまずはクロールで100m。
キックをして右肩で最初の水を掻いた途端に やっぱり激痛
やはり肩はまだまだ完治はしてはいませんでした。
途中で止まれないコースだったので往復50mは半分溺れながら泳ぐ。
仕方が無いので水中歩行。
やりましたよ、50分間休み無しで。
50×60=3000秒
25mを歩くのに40秒かかるので
25×4=100
つまり40×4=160秒で100m歩くことになる。
3000÷160=18.75 50分でトータル約2000m歩く事になる。
水泳が関節や筋肉に無理な負担が掛からないと言うのは嘘である。
すでに両足両肩が痛い 久しぶりなので加減をすれば良かったと反省。
遠くのこの地まで来たのは、このプールの植木は
ぐるっと金木犀だからで、今が満開だからです。
なぜそんな事を知っているのかと言うと、昔近所に住んでいたからです。
運動の後の心地よい疲労感の中で金木犀の香に包まれたら
肯定的にこのまま死んでしまいたいような 白昼夢を見ます。
それから、大宰府天満宮まで歩く事に。
友人のお姉さまの学業院中学の横を歩き
さらに都府楼跡の広大な公園から(なぜか季節はずれの菖蒲が咲いていました)
観世音寺を目指すと農家の庭先の柿の木に柿色の実がたわわに実っていて
その傍らの草むらではコオロギが悲しげに鳴き
雲ひとつない空は抜けるように青く 豊穣なる秋と言う言葉を思い出しました。
観世音寺の横の休耕地にはコスモスが植えられて
よほど肥やしが効いているのか、見たことも無いぐらいの大輪の
コスモスが今まさに狂い咲き 白、薄いピンク、
紫の花々 本日は随分と目の保養ができます。
丁度何処か近所の小学生の子供達の帰宅時間で、
狭い通学路はガチャバエ共(子供達の事)が
奇声を上げながら楽しげに帰っています。
狭い歩道いっぱいに広がって歩くので 私の歩くスペースが無かったので
立ち止まってやり過ごしていたら、遊びに夢中な子供がやっぱり私に激突。
「何これ?でけー。宇宙人だ」と突然宇宙人ジョーンズにされてしまいました。
(いいですよ、今日は君たちが何をしようと許してあげるから。)
天満宮の参道には修学旅行の学生が雲霞の如く沸き
ニキビ面の油ギッツシュな若者が梅が枝餅をほう張り
短い青春と言う時間を満喫していました。
境内では『秋の集団合格祈願祭』などを商魂たくましくやっていて
何処も困った時の神頼みは同じようです。
まだ、七五三には随分早いけど、着物でおめかしの
3歳の女の子がなぜか足元は靴という出で立ちで
ニコニコしながら両親に手を引かれて太鼓橋を歩いていました。
とっても可愛くて子供好きとしては立ち止まって眺めていました。
今日は駅の数で都合6駅の区間を歩いて、水中を2kmも歩いて
もうへとへとです。
大宰府駅から電車で帰ることにして 切符を買うと
行く手を阻むいかにも悪そうな悪餓鬼高校生7人。名づけて『ワイルド7』
電車が出そうだったのにタラタラ歩いて、パシリに電車を
停めておけとの命令が下りました。
車掌もこんな馬鹿ほったらかしてサッサとドアーを閉めれば良いのに
辛抱強く待ってあげています。
ノロノロと乗り込んできた『ワイルド7』の出で立ちは
何んと珍しい全員「ボンタン」 まるで天然記念物の日本カモシカみたいに
「ボンタン」は大宰府の地に生き残っていました。
二日市で急行に乗り換えると、4人掛けの目の前に座った兄ちゃん
風邪なのか鼻をすする、鼻をすする、鼻をすする。
『鋼の錬金術師』なんぞを読むのは構わないけど ズルズルは何とかして欲しい。
日本人は良いのかも知れないけど我々西洋人は
(都合の良い時だけ西洋人)鼻をすすられるとたまらなく嫌になる。
ズルズル、ズルズル鼻を啜る行為は延々と続きます。
もっとも私は日本人が嫌がる鼻をかむ事は食事中でも平気ですけど。
せっかく良い気持ちになっていたのに 気分は台無しです。
くしゃみをするのに手も当てない彼に 我慢の限界だった私は
ポケット・ティッシューを渡して鼻をかんでもらいました。
風に吹かれて、お出掛けしたのに
風邪に吹かれてしまいました。
明日インフルエンザに感染していたら保菌者はお前だかんな。
今から美味しいおでんを食べて、早めに休みます。
たまには野良犬で一人でうろつくのも楽しい1日でした。
- 2009/10/25(日) 23:38:18|
- 旅
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最近只でさえ賑やかな私の周りが
尚更賑やかになって日記のネタには当分困りそうにも無い。
その中で忘れないうちに季節ネタを1つ
先日お店のフローリングをふきあげていると
宅急便でーすとの声が。
浅ましいけど『つっつっ遂に届いたか』と心が躍る。
今年の『松茸三昧』のメニューは
松茸の茶碗蒸し
黒毛和牛のロースステーキ、松茸ソース
松茸のお吸い物
松茸ご飯
だしと松茸の組み合わせが好きです。
皆さんが喜ぶ焼き松茸は殆どしません。
天麩羅も面白そうですけどしません。
まず、松茸の茶碗蒸し
今宵は後でお吸い物を作るので玉子は多めのやや硬い茶碗蒸しにする。
具材は海老、銀杏、三つ葉、松茸(てんこ盛り)のみ
だし1−1.5対玉子1の割合で玉子だしを作り 塩、醤油ごく少量で味を付ける。
海老は殻を剥き背わたを抜いて、塩をまぶしてよくもんだ後水洗い
器に海老、銀杏、松茸、三つ葉を入れた後蓋をしてごく弱い火で時間を掛けて蒸す。
よりソフトに仕上げたい時には、大きな鍋にお湯をたっぷり入れ
茶碗蒸しを入れ、水温が75度になったら火を切り
鍋の蓋をして放置しておきます。
15分ぐらい時間が経過したら蓋を開けて固まり具合をチェックして下さい。
水温が75度以下になったら75度まだ再加熱してください。
(鍋の大きさ水量にもよりますので一概に何分とは言えません。)
このやり方ならスも入りませんし まるで上質のカスタードプリンの
ような舌触り間違い無しの 美味しい茶碗蒸しになります。
黒毛和牛のロースステーキ
牛ロースは、最近良い肉をたらふく食べると気持ち悪くなり始めたので
少量にする。
両面に塩コショウして、綺麗な焦げ目が付くように
強火でビシッと焼き上げる。
肉は温かい皿に載せて休ませておく。
肉を焼いたフライパンは油を捨てて
洗わずにノルマンディー産のバターを
(できればイズニーを、エシェレでも可、無ければカルピスの発酵バターでも可)
一人前大匙1.5ぐらい入れて焦げ目をこそぎ落とす
その中に松茸をてんこ盛り入れて炒める、しんなりしてきたらだしを加える
一煮立ちしたら醤油を加えて再度煮立ててお仕舞い。
皿の上で休ませておいたステーキが見えなくなるぐらい
松茸ソースをかける。
他長くなるので吸い物とご飯は割愛させていただきました。
生きている間に後何回、この悶絶する様な楽しみを味わえるのかと
(悶絶の使い方が間違っています)
考えると嬉しいような悲しいような少し淋しいような
気持ちになりながら 浅ましく松茸を食べつくしてしまいました。
又秋が来て、またひとつ年を重ねて 今宵のの夕餉。
デザートは今年最後の『巨峰』
- 2009/10/23(金) 15:22:56|
- 料理
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「トノバン」が亡くなった。
「トノバン」とは加藤和彦さんの事で
今日の午後の突然の訃報である。
音楽全般ジャンルを問わずすごく才能のある方だと
密かに尊敬申し上げていたのに
一瞬 後頭部をガーンと殴られたような気分で別に悲しくは無いけど
開高さんが亡くなった時と同じぐらい何だかとっても切ない。
また、1つの時代が終わった。
1979年初めて渡仏するときに友達が
『パパ ヘミングウェイ』のアルバムを持たせてくれた。
その3年の間に『うたかたのオペラ』『ベル・エキセントリック』と
立て続けにアルバムをリリース
(作詞安井かずみ 作曲加糖和彦の黄金時代を築いた。)
どのアルバムも擦り切れるぐらいテープを聴いて(当時はまだCDなどはありませんでした)
いくつかの作品の詩の内容もその頃住んでいたパリと重なる所があり
感慨深いものがあります。
奥様の安井かずみさんもとても素敵な方で
私にとって二人は憧れの優雅な夫婦で
二人の共著「キッチン&ベット」はその後の私の
料理の考え方のひとつの方向性を教えてもらえたような。
加糖和彦さんは料理がとてつもなくお上手で
プロ・ゴルファーの「ジャック・ニコラウス」のために
作ったディナーの料理は 月間のプレイボーイに
オールカラーで特集されていました。
音楽の才能も海外でも高く評価されていて
まだまだこれから活躍する機会はいくらでもあったでしょうに。
93年に森瑤子さんが亡くなり、94年に安井かずみさんが
亡くなった時には また日本のいい女が居なったと悲しみました。
で、今日の加糖和彦さんの死去。
とにかく自殺らしいとの情報しかなく
加糖和彦さんが亡くなっても、明日も明後日も来るでしょうけど
惜しい人がまた彼岸の彼方に去ってしまった。
今宵聞くのは「悲しくてやりきれない」
ご逝去心からお悔やみ申し上げます。
&シャルトルでの退屈な1年間 うたかたの楽しい時間をありがとうございました。
- 2009/10/21(水) 01:09:42|
- 日々の出来事
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